リュウさんのレース完走記その10  
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         タートルマラソン全国大会   2002年9月15日
タートルハーフマラソン走録@「ターサーが…」

今日は晴れ晴れとした気持ちで走録を書いている。マラソンを始めて以来、初の夏を越えた。その暑く蒸し蒸しとした日々をどうにか工夫をしながら乗り切った成果をみることができたからだ。

 8月までトライアスロンのトレーニングとして水泳を取りいれてきたが、9月になり屋外プールが閉鎖されると同時にランニング重視の練習に切り替えた。長くゆっくりをテーマに
1520キロのランを続けてきた。

 レース前日はハーフだからといって、いつものような緊張はなかった。ただ、どんなペースで走ろうかな、靴はどれを履こうかななどと考えただけだった。これまでの信頼度を優先し、明日はターサーを履いて走ろうと決め、パッキングに入った。下足箱からターサーを出し、シューズケースへ。と思ったが、砂の汚れがひどかった。「うわっ!」。玄関の外で砂を払い落としているとき、その異変に気づく。右シューズの靴裏の土踏まず部のへこみに茶色い物体が詰まっているではないか。「ウン
×かっ…」。それは、製氷皿に凍らせたアイスキューブのように見事にディンプルに入り込んでいた。すぐにキッチンにいたチーサンを呼んで見せる。チーサンは、靴を見るなりぶっ飛ぶように逃げていった。残された私は、おそるおそる匂いをかいだ。すでに乾いているので何も匂わない。最後に走ったのはどこだったかな。そうだ、裏の土手だ。それで砂だらけなんだ。あそこは絶好の犬の散歩コースだ。しからば…。間違いなく、「踏んじゃった」と確信する。泣きっ面状態で、水をつけて古い歯ブラシでこすった。塊は溶けて流れ落ちたが、ディンプルの茶色いコーティングはとれなかった。これも「ウンのつき」と馬鹿なことを言いながら、ターサーを新聞紙でくるんで布のシューズケースに入れた。愛用のターサーが汚れてしまったのは少々ショックだったが、明日は幸運をもたらしてくれるはずだと信じ寝床に就いた。

タートルハーフマラソン走録A「レーススタート〜5キロ」

ぐっすりと眠り7時に起床。今日のスタートは10時半。アキさんと二人で会場入りしたのは、午前9時過ぎだった。前日からの涼しさの続く曇天、帽子不用の絶好のコンディション。しばらくしてTOSHIさんとも無事合流。土手に陣取るなり、アキさんに昨夜のターサー事件を話してしまった。馬鹿話を聞かされた上に靴底を見せられたアキさんのいやそうな顔が忘れられない。
 アキさんの
10キロスタートは1050分なので、まずはTOSHIさんと二人でウォームアップ。10分ほどジョギングした。脚は軽くいい調子。やはり金・土の二日間ランを休んだのが良かったのか、良く寝たのが良かったのか、体は軽かった。TOSHIさんはキロ4分30秒イーブンで1時間35分で走るそうだ。私のベストは1時間36分だったので、一緒に挑戦してみようと思った。夏の練習の成果を確認したかったのだ。9月早々にイケイケ状態に突入だ。この秋、キロ4分30秒にこだわるのには一つの理由があった。1020日の高島平ロードレースの存在だ。このレース、20キロ制限時間1時間30分。申し込んだ当初は「えらいレースの予定を組んじゃったなあ」と思った。参加ランナーは陸連登録を義務付けられているので、別途3千円の登録料も支払った。是が非でも完走したいところだ。結果的には、このエントリーが私の夏を変えてくれたので良かったといえば良かったのだが…。
 スタート
10分前。荒川河川敷レース定番の黄色いアーチ。その10メートルぐらい後でTOSHIさんと二人でスタートを待つ。「パン!」。軽い銃声とともに私たちは走り出した、と書きたいところだがこのアーチは狭いのだ。脚踏みをしながら10秒以上スタートできず、どやどやとした混雑の中どうにかこうにかスタートラインを越えた。アーチのむこうでチーサンがカメラを構えていた。手を振る。その先でアキさんが応援してくれていた。TOSHIさんと二人で「行ってきます」と挨拶。
 いや、しかし、人が多くて前に出られない。本来のスピードに乗ろうとするが人、人、人で前に出られない。しばらくは♪ジグザグザグ、ジグザク、ジグザク(しぶがき隊)♪進む。こういうとき、体がでかいとまったく損だ。
TOSHIさんはと言えば、左路肩を使ってス〜イスイ。こんなところでも格好良さが違うのである。この遅れは折り返すまでずっと取り返せないものとなってしまった。1キロほど行ってやっとペースをつかんだ頃には、TOSHIさんは30mぐらい前に行ってしまった。その後もちょっとずつ離されて行った。
 さてさて、この大会はキロ表示が5キロごとなので、ペースをつかみづらい。私はウォームアップの時に1キロおきに河川に表示杭が打ってあることを発見していた。走り出して間もなくして1つめの杭を発見。早速ラップをとると4分30秒ジャスト。ほっとしたが、これはデッドライン上。後半ちょっとでもバテたら
×だ。TOSHIさんはますます離れて行ってしまう。おそらく4分20秒ぐらいで走っているのだと感じる。私はペース変更を迷ったが、あまりにも気持ちがいいので折り返しまでは現ペースのイーブンでいこうと決めた。ただ一つ気がかりだったのは左太腿裏側の張りだ。仕上げの練習で10キロを2日間ハイペースで走った疲れが残っていた。これを除けば快適そのもの。この痛みがどうなることやら…。

タートルハーフマラソン走録B「レース5キロ〜10キロ」

 TOSHIさんのピンクの背中は前方約100mにあり、5キロ地点を通過した。手元の時計を見るとなんとデッドラインの2230秒ではないか。「あれ?確かに430秒で走ってきたんだけどなあ?」。からくりは簡単だった。スタートのもたもたである。銃声とともに時計を動かしたため、手元タイムはグロスなのだ。このため、私が5キロ地点を通過したのは、「2253秒」となってしまった。まあ、あせらずじっくりいこう。この地点でもイーブンペースを守り快適なランを続けていった。
 このあたりで横っ腹が痛くなることが多いので、多少びびるが今日はまったく痛みがこない。おそらく食事のタイミングだろう。今日は3時間前には朝食を終えていたので、腹は軽い。前日の天気予報が告げていたとおり北からの向い風が気になったりもしたが、復路は好条件だとポジティブに考える。さらに、「脚が軽い、今日は脚が軽いぞ」と何度も自分に語りかけたのも良かった。暇さえあれば、なかば強引とも思えるポジティブ理論に自分を落とし込んで凌ごうとする姿勢は滑稽であるが、これはレースの楽しみでもある。私は「M」なのであろうか…。
 時折、大柄なランナーがくると風除けのために後にぴたりとついて凌ぐ。何度かこれを繰り返すうちに、はっとした。私自身がランナーの中でかなり大柄なのに今さらながら気づいたのである。「もしかして誰かが私を風除けに…」。後を振りかえるが、誰もいなくてほっとした。
 さて、1
0キロ地点だ。5キロ同様、TOSHIさんが通過した時点で、目標タイムの45分だった。私も少し遅れて通過。「4532秒」。全然遅れをとり返してはいなかったが、私は「向い風でイーブンをキープできたこと」「脚が元気なこと」から、後半勝負できる楽しみを感じていた。ハーフはこれが面白い。前半のビハインドも納得のいく形で作ったものであれば、後半にとり返すことができる。この起承転結の面白さがハーフの魅力だ。私は、このドラマづくりが大好きだ。
 幸い
5キロあたりまで気になっていた左大腿部裏側の痛みも、この辺りで気にならなくなっていた。ランナーズ10月号にあった「高橋尚子のフラット着地」を意識してリズムよく走ってきた。医者からも「つま先を開かず、できる限り進行方向に向けて走るといい」と聞いていたので、これも気をつけて走った。これらは練習中から何度も体に覚えさせてきていたが、念の為チェックしながら走った。

タートルハーフマラソン走録C「レース10キロ〜折り返し〜15キロ」

 今日のレースで困ったことが一つだけある。エイドステーションだ。毎度のことながらエイドのボランティアの皆さんには「感謝」の一言である。だが、今日のエイドはちょっといただけない。紙コップには、ほんの一口分の水しか入っていないのだ。さらにコップとコップがずらりとくっついて並んでいるため、手にする度に周囲のいくつかのコップが倒れてしまった。ピロさんに教えてもらった指でつまんでとる取り方でも、周囲がごろごろ倒れてしまった。これが、どのエイドでも同じ状況。飲んだ気もしないし、被っても私のデカヘッドには効き目なし。ちょっと困った給水でした。
 折り返し地点が見えてきた。と同時に、すかさず
TOSHIさんの折り返す姿が目に飛び込んできた。やはり私との差は100mはある。すれ違いざまに、お互い手を振って合図。「ファイト!」。TOSHIさんから激励の言葉をもらう。やはり、嬉しい。同じユニフォームを着て、同じレースで頑張っている。こういう時、チームっていいなって、ほんとに感じる。私もこの直後に折り返し、再びTOSHIさんのピンクの背中を追い始めた。「走り屋がんばれ!」。ちょっと走ったところで折り返し地点に向かう上下赤いウェアの後続ランナーから大声で励まされる。誰だかわからないが、すかさず「サンキュー!」と答える(後でわかったが、声援の主は高橋さんだった。高橋さんありがとう)。
 さあ、後半戦だ。追い風モードだ。気持ちも軽い。さあ、どういう風にレースを料理しようかなあ。と考えるや否や、前方左側にどこかで出会った後姿を発見。オレンジの上下を着たその体は、タコのようにくねくねうねりながら、ドタ脚で走っている。「ドンガラガッタ、ドッタン、ペッタン」。鬼怒川ガタピシさんとの再会だ。顔は見ずとも後姿でわかるとは、これいかに。それほどまでに強烈な悶絶走りなのである。鬼怒川ハーフではしばらく並走したが、今日はピッチを上げていた私がガタピシさんの前へ出る形でお別れとなった。
 さあ、
TOSHIさんと高橋さんにはさまれたサンドイッチ状態。まずは、TOSHIさんを追うことに専念。こんなとき、そりゃ早く追いつきたいものだ。でも、ハーフは違う。少しずつそろりそろりと行けばいい。「一気に行こうと思うなよ。じっくり行け、じっくりな」。またも自己暗示がはじまった。私は、息がぜいぜいしないようなスピードへ脚を早めたが、決して焦りはしなかった。最初にTOSHIさんの背中の大きさを記憶しておいて、それがちょっとずつ大きくなってくるようなイメージでじわじわ行った。
 
1キロ、2キロと少しずつTOSHIさんとの間隔を縮め、13キロ地点で50m後方ぐらいまで辿りついた。TOSHIさんは小集団の中にいて並走中。青帽おやじ、小柄な女性、蛍光上下を着たおやじ、そしてピンクのTOSHIさん。この集団は少しずつではあるが、ピッチを上げ始めたようで、ここからどうしても追いつけなくなった。やや膠着状態が続いたが、次第に集団に乱れが生じはじめた。まずは青帽おやじが脱落してきた。続いて、コース左端を走るTOSHIさんが集団から下がったに見えた。しかし、これはTOSHIさんが下がっているのではなく、小柄な女性と蛍光おやじのペアがピッチを上げていた結果であった。私は、このペアから離れないように多少上げ気味のピッチで追走を続けた。15kmの表示板を通過。このとき時計を見る余裕はなく、ただひたすらにペアを追うことだけに集中していた。

タートルハーフマラソン走録D「レース15キロ〜17キロ」

 私が15km地点でラップ、スプリットをとらない(とれない?)ほど追走に専念してしまったのには理由があった。このとき、なぜかTOSHIさんが置いていかれたことが無性に悔しかったのである。「畜生、あったまきた!この二人は料理しないと気がすまない!」などと、カーレーサーまがいにヒートしてしまっていた。よし、行くぞ。思わずペースをあげる。TOSHIさんは1m2mと私に接近してきた。鼻息の荒い私は、程なくTOSHIさんの横に辿りついた。「ファイトです」。私から声をかける。1時間以上にわたって思い描いてきた「走り屋桃色男児の並走」がいよいよ始まった。これまで諸先輩方とともに走ったり、引っ張ってもらったりしていただいたことはあったが、ピンクシャツで走力が近しい二人で並走するのは、実は今回が初めて。TOSHIさんとは背丈が同じぐらいなので二人で並んで走るのはとても楽しく爽快だった。お互いに励ましあった。「泣いても笑ってもあと5キロ!たかが二十数分ですよ!」「練習を思い出しましょう!」…。TOSHIさんとは1週間前にそうか公園の日曜練習でペース走で並走していた。暑く苦しい練習で、今日この本番とは比べられない辛さだったのだ。それを思い出せば…。加えて、私は思わず言ってしまった。「あの二人を絶対捕まえましょう。じっくりと追い上げましょう」。TOSHIさんは何で私がこんなに鼻息が荒いのか理解できなかったのではないだろうか。私は、仲間を置いていかれたことに未だ悔しさを隠せないでいた。私たちのスピードは落ちなかった。それどころか、しっかりと二人で眼前のペアを射程距離内に捉えながらじりじりと追い上げていた。ほんの少しずつ、じりじりと。これならば目標タイムは間違いない、そう確信した。

タートルハーフマラソン走録E「レース17キロ〜20キロ」

 17キロ付近。「あと十数分で休憩できますよ!ファイトです」。TOSHIさんに投げかけた言葉は、言うまでもなく自分を鼓舞するためのものでもあった。例のペアまでは、もう少しだ。15mほど後を走っていると、ペアは給水所への補給体制に入っていった。私たちも後に続き、パンとコップをとる。私も両手にコップをとり、一つを飲み一つを被った。再びTOSHIさんと走り始める。前を行くペアは給水にとまどったのか、もう私たちの眼前にいる。TOSHIさんと顔を見合わせ、「それじゃ、そろそろ行きますか」。桃色男児組はここでピッチを上げ、ペアの右側を一気に前へ出た。やっと前に出られた時は、ほんとに気持ちが良かった。TOSHIさんと二人で新たな並走がはじまった。前方には誰もいないロードを走るかの如く、しばし楽しい時間を過ごすことができた。しばらく走ると、「良かったら、先に行ってください」とTOSHIさん。「いや、ラスト2キロまでは一緒に…」と私。ラスト5キロは距離表示がカウントダウン方式だ。「あと3キロ」の表示を通過。なぜか脚に余裕があった私は、この辺りからゴールまでの組み立てを考えていた。
 最後の給水地点を通過。横目で後を振りかえると、蛍光おやじとその相方もぴたりと私たちについてきている。すかさず二人で逃げる。うしろ数メートルにペアがいるのは気配でわかる。最後の給水を終えると、すぐさま「残り2キロ」の表示。いよいよ自分の脚を試すときがきた。「じゃ、行きます」と言い、私は単独で前へ出た。
TOSHIさんもここからは自分の脚で勝負してくるはず。各々が目をつぶって、恨みっこなしの勝負。後のペアだけには抜かれないことを願って…。
 私の展開構想はここまでより少し早いペースを維持し、それが続けばラスト1キロでさらにスパートをかけるというものだ。不思議と脚は元気だった。実際には目はつぶらなかったが、横や後は意識せず只管に直進方向だけ見て腕を大きく振った。片側づつ腰を出し直線上を走ることをイメージすると脚がさらに速まった。体から生まれるあらゆる力は、すべて真正面方向に集中している感じだった。
TOSHIさんの脚は大丈夫だろうか。心配はしたが、ここでは前に走ること以外、余裕はまったくない。イチ、ニ、イチ、ニ。「脚が軽い!脚が軽いぞ!」。強引に自らを説得する。黄色いアーチが見えてくることを願って、懸命に自分を激励しながら走った。

タートルハーフマラソン走録F「レース20キロ〜ゴール」

 残り1キロ。最後まで持つべく最大限のスピードに加速。さすがに人が増えてきた。10キロ参加者でゴールまで歩いている人もたくさんいる。沿道の声援も増えてきた。さらに気を引き締めて走る。ううん、楽しい。この地点で楽しいと思えたことはあまりない。大抵は残り数キロで太腿表側に乳酸がまわり、脚がずしりと重く苦しい足取りとなるのだ。夏の練習をきちんとしておいて良かった。つくづくそう思った。
 さあ、
500mをどうするか。と思った瞬間、後から若い男性(ブン太)がブンブンと飛ばしながら私を追い抜いて行った。「なんだ、余力あり過ぎだよこの人…」。私より一歩早くスパートし、ゴールを目指したらしい。走り屋リュウは、このブン太を今日の最終目標にロックオンした。TOSHIさんと別れスパートし、最初に抜かれたのがブン太だった。それぐらい自分でもがむしゃらに走っていたので、ブイ〜ンと行かれたことが妙に悔しい。早速、追走!私もブイ〜ンと飛ばす。ラスト500だけだとばかり全速ゼンシ〜ン!とは言うものの、されど500。そう簡単にはいかない。すぐにペース調整。ブン太は例外にあらず失速気味。私よりバテている様子。「これはいけるかも…」。ブン太をロックオンしたまま15mほど後方を追い続ける。ブン太が再びスパート。私も続く。黄色いアーチがだんだん大きくなってきた。おおっと!なんとブン太が撃沈、ヘロヘロ状態。「ごっつぁんです」とばかり、横を抜け猛ダッシュで前へ進む。「やったぞ!」。二度目の快感。私はレースに来て何をやってるんだろう。ヘンな駆け引きばかりしている。でも、楽しみ方は人それぞれだから、これでいいのかもしれない。走り屋の仲間はみんな何を考え、どんな楽しみ方をするのかなあ。
 余談はさておき、ラストは失速しない程度にパワーを均等配分。残り
200m。どこで最後のダッシュをしようかな、などと生意気なことを考えていると、左前方で「リュウさん、ラストだ〜っ!」「ラストスパート〜ッ!」と黄色い声ならぬ、卓球おやじさんとアキさんの○○色の声援。両手を上げてピースに笑顔で答える。馬鹿なカニ状態。「余裕!」などと強がりも言ってみる。本当に馬鹿男だ。このとき応援の先輩二人は「なにやってんだ、あいつは」「あんな暇あったらちゃんと走れよなあ」とか言ってたらしい。まったく同感である。ともあれ、応援をきっかけとしてゴールまで全力疾走。ここではまだ余力があり、スパートしながら「ああ、なんて楽しいんだろう」と思っていた。ラストでは、眼前のオヤジをロックオンし、この人の前へ出てゴールだと決めた。ゴールライン直前でオヤジ攻略の目標をめでたく達成し、気持ち良くアーチをくぐりゴールイン。ゴールした後オエ〜ッともならず、終始楽しいレースとなった。ゴール後に時計を見ると、1時間34分ちょいだ。なんとか目標の1時間35分(キロ430秒)は達成できたようだった。(後日郵送されてきた大会計測タイム1時間3358秒)

タートルハーフマラソン走録G「レース回想」

 ゴール後にTOSHIさん、高橋さん、アキさんとお互い労をねぎらう。順位やタイムじゃなくて、同じ舞台で一緒に汗をかけた喜び、思い出が作れたことがとても嬉しい。市民ランナーにも自分なりにステージがあり、共演者とは本番を無事終えることができた喜びを分かち合うことができる。ああ、なんて「走り屋」っていいんだろう。
 私個人としては、初ハーフの時以来の「快適なハーフラン」だったのが一番の収穫だ。脚に乳酸がたまることもなくゴールできたのは夏のトレーニングの成果だと思う。暑いときは無理に走らず、ゆっくり泳いだりしながら筋肉に負荷を加え続けたのが良かったのかもしれない。夏トレに根気強く付き合ってくれたはじめ君には、この場を借りて改めて礼を言いたい。本当にありがとう。

タートルハーフマラソン走録おわり。