| リュウさんのレース完走記その12 |
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| 高島平ロードレース走録 2002年10月20日 |
| 高島平ロードレース走録(その1) 高島平日刊スポーツロードレース。第27回目を迎えた陸連公認の本大会は、瀬古選手はじめ一流ランナーも走った伝統の大会で陸連登録者のみが出場できる。陸連へは、お金を払えば誰でも登録できるのだが、その登録者にエントリーを限定したこの大会は「硬派」な条件つきだ。例えば、今日私が出る「20Kの部」は90分という制限時間つき。一周5キロの周回路を4周するのだが、キロ4分30秒平均のタイムを維持しなければならない。このペースは、いまの私の走力からいくとギリギリ。坐骨神経痛を患いブランクがあるので、練習が思うようにできない状態で今日を迎えたのが気がかり。とはいえ、出るからには完走したい。ここまで来たら言い訳は通用しない。よし、やるだけやってみよう! 高島平の駅に到着すると、Wマークのえんじのベンチコートを着た細身の学生に出くわす。いかにもといった風体の彼も、このレースに来たに違いない。慣れた足取りの後を追い、歩道橋を渡る。パノラミックに広がる団地群は、まるで横倒しのドミノのよう。どんよりとした空に、無機質な壁面が妙にマッチし、硬派レースの緊張感を助長する。 受付のある高島平第七小学校は駅から歩いて十分。道中、これまで経験したレースのような市民ランナーの姿はなく、ぽつぽつと本格ランナーらしき若者が歩を進めているに過ぎなかった。その姿はどれも緊張に満ちており、談笑する者などいない。空はいまにも泣き出しそうだった。あと数時間後、この空が落とす滴は、喜びの涙となるのか、はたまた…。 高島平ロードレース走録(その2) 高島七小の裏はスタート・フィニッシュライン。ちょうど5キロレーススタートの時間だったので、ボクロンさんの姿をさがす。昨日、卓球おやじさんから葉書を受け代走予定だったボクさんは発走集合者の中にいなかった。校庭に行くとボクロンさんがぽつりと立っていた。「今日は走るのやめておく」と言うボクさんの顔に精彩がない。昨日からの風邪が悪化したようだ。「パワーを送るよ」と、ボクさんは私の右手を両の手で握り締めてくれた。私も左手を上に添え「がんばります」と応えた。百キロを走り終えたばかりの熱いぬくもりが伝わった。嬉しかった。ボクさんは背をまるめ、辛そうな足取りで会場を去って行った。私はその後ろ姿に完走を誓った。「絶対走りきります」。 受付を済ませ、選手控室となっている体育館に入る。小さな体育館だが、人影はまばら。しんと静まりかえり、独特の雰囲気を醸し出している。出入りするのは大学の競走部の学生ばかり。一般の人は本当に数えるほどしか見当たらない。シックな時間が過ぎる。しばらくして、かんさんが来館した。プログラムを見ると、20Kには260人ほどしかエントリーしていない。そのうち一般出場者は約110人。どんな流れになるのか想像がつかない。「今日は自分との戦いだ。他人は関係ない」と考えるものの、どんけつを走る自分の姿が時折脳裡をかすめ憂鬱になる。ゼッケンをつけたり、ストレッチをしている間にスタートまで1時間を切った。 ゼッケンは2枚。初の前後ゼッケンだ。なんとも厳粛なレースを思わす計らいだ。ウォームアップに出る。百メートルほどの道路を往復する選手が数人。中に混じって軽く流すが、みなすごい本格的なアップをしている。かもしか、かもしか、かもしか、豚。はたから見たら、そんな構図。もちろん豚は私。かもしかとはハナっから勝負にならないのがわかるほど見た目が違うのだ。軽く1Kほど流しただけなのに、汗が滝のように流れた。昨夜のコーラ、ラムネ、ウーロン茶、無焼酎ホッピーの飲み過ぎ(at加賀廣)が原因だ。体内の水分は十分。それだけは準備万端の私であった。 いよいよスタート集合地点に立つ。なんと走る前にランナーの点呼。ランナーがいるかどうか係員が走者名簿にチェックを入れている。なんかすごい場所に来ちゃったなあ。正直、そんな感想を抱いた。 集合したランナーの数は少なかった。だが、その誰もがランシャツ、ランパン。そして、足元に目を下ろすと、アシックスを中心にアディダス、NBなどのレーシングタイプ勝負靴ばかりがずらり。私のターサーaxなんかもう過去の遺産というほど最新の靴ばかりだ。随所に圧倒され、参加ランナーの最後尾から行くことにした。出走直前まで羽織っていたジャージを脱ぎ、金さんの桜吹雪よろしく桃色シャツを露呈。なんだか一人太っちょで派手で、ファンランっぽくて恥ずかしかった。カウントダウン開始。胸の鼓動が高まる。 高島平ロードレース走録(その3) パン!軽い銃声が鳴り、ランナーが一斉に走り出す。と言っても、混雑などまるでない。あっという間にほとんどのランナーが前方に飛び出して行ってしまった。私は後方から、消え行く大集団を追うように走る。結構なスピードだ。周囲にはすでにぱらぱらとしかランナーがいない。「こんなのありかよ〜っ」とばかり、出鼻から度肝を抜かれる展開。「これから90分。ほんとに大丈夫なのかなあ」って感じで脚を進めた。 さて、スタートフィニッシュ地点を境とした前後1キロほどはレンガ模様の石畳。これがアスファルトとは違った感触で走りにくい。あまり遅れてはならないと走りに夢中になっていたため時計を見たときにはすでに5分過ぎ。「あれ1キロ表示あったのかな?」と思う間に第一コーナーを曲がり、再び直進。この辺りを走っていて、スピードにいまいち乗れず集中力に欠ける自分に気付く。「今日はダメかも」と弱気な雑念が沸いてくる。脚は予想以上に重かった。連日の距離稼ぎ(オクトーバーラン)で両脚は全体がパンパン。とくに右足ふくらはぎには肉離れを思わせる強い痛みが残っていた。 しばし弱気な雑念にからまったまま走ると、「あと3キロ」の表示を発見。一周5キロだから、つまりはここが2キロ地点。すかさずラップをとると「8’21”」。キロ4分10秒ペースだ。「やはり速かったか…」。このまま周囲のランナーとともに進めば、いまの私の走力では必ず失速する。競う気持ちをぐっと押さえ、速度を落として自分の走りに徹することにする。同時に「速過ぎて脚が重かったんだ、集中できなかったんだ」と、すべてのマイナス要因はここまでの速度であると考え気持ちを一新した。今日は自分との戦いなんだ、自分のペースで行けばいいんだ、そう思い大きく深呼吸をすると肩の力が抜け、顔がほころんだ。「あと2キロ」(3キロ地点)の表示。ラップ「4’24”」。筋肉痛もやわらぎ、ランニングハイにも似た気分で心地良い走りを楽しみはじめた。 高島平ロードレース走録(その4) 今回は長方形の団地群外周5キロを4周回。コース上いくつかの交差点は片側2車線の幹線道路だ。驚いたのは、この大会が陸連公認のため全てがランナー優先ということ。警察官と大会役員がたった一人のランナーの記録をも犠牲にしないよう車をびしっと止めてくれる。今日は5キロの周回路に300人ぐらいしか走っていない。しかも上位集団がその殆どだ。当然、私の周囲にはランナーがパラパラとしかいない。時には、前にも後にも走者がなく、私一人が横断しているのにたくさんの車がせき止められている光景に出くわす。申し訳ないというか、爽快というか何だか複雑な心境にもなった。 さて、一周目の終盤。4キロ目の表示がないまま最終コーナーを折れ、正面直線路へ入る。ここからスタート地点(正面)までが非常に長い。正面はまったく見えないのだ。あとでわかったが、第4コーナーは西台駅前、正面は高島平駅前で、約1キロの距離があった。オーバーペースでヘロヘロになりながら、やっとこさっとこ正面を通過した。5キロ地点「8’47”(2K)/21’32”)。4’30”平均で5K22’30”なので、1分近い貯金ができた。この貯金、いつまで持っていられるのかなあ。制限時間の圧力に追われながら一杯一杯の状態で2周目に突入した。「やるんだ、完走するんだ…」 高島平ロードレース走録(その5) 2周目に入り、しばし直線を走るとやっと給水があった。前も後もランナーが離れているので、楽々給水。担当はボーイスカウトの男の子。「サンキューッ!」と言ってコップを受け取り、ごくりと飲む。オエッ。ぬるくてカルキ臭の強い強烈な水道水。気持ちがへこむ。 今日は1周回つまり5Kに1回の給水。私のようなヘボランナーには2Kに一回ぐらい楽しみな給水が欲しいものだ。でも、今日はエリートレース。市民ランナーなんか蛇足中の蛇足なのだから仕方ない。すかさず、隣のテーブルでスポンジを取り、頭上に、両太腿に水をしぼる。濡れた脚が風に当たると冷えて気持ちがいい。昨夜塗ったマッサージオイルが溶け出し太腿間の潤滑剤となり走り易さが増した。「まずは前方50mを走る青い上下の小柄な女性に離されないように走ろう」。そう決めて、ペースが落ちないように一生懸命走る。無心で走っていると、「タカシ〜っ、がんばれ!」という声援。私のすぐ後ろにランナーが近づいてきた。この辺りから、タカシ君は私の前後にまとわりつくようになった。タカシ君は精神障害者のようだった。走りながら奇声を発するので、それはすぐにわかった。ダッシュで前へ出ていったと思うと、いきなり失速していたりもする。私の姿を見ると、また離されまいとダッシュを始め、ついてくる。とにかく一生懸命だ。少し行くと、また違うおばちゃんが「タカシ君っ!がんばれ!」と声をかけている。おそらく地元、高島平団地の住人なのだろう。そんなことを考える間に7キロ目表示を見落とした。青上下の女性は相変わらず前方を走っている。8キロ通過。「13’22”(3K)/34’54”(8K)」。4’30×8K=36’00”の予定に対し、いまだ1分以上の貯金があった。またも大交差点をただ一人で越え、最終コーナーを曲がり正面への直線路へ入った。この直線、ほんとに長い。これでもかってぐらい長く、START/FINISHという白布がなかなか見えてこない。見えたら見えたで、なかなか辿りつけない。ここがほんとに辛い。 やっとのことで2周目を終え、正面に辿りつく。「9’01”(2K)/43’55” (10K)」。貯金はそのまま。2周目は1分落ちて予定どおりキロ4’30”どんぴしゃり。次の1周で、さらに1分タイムが落ちたら貯金はなくなる。さらば、最後の一周は地獄絵図か…。まだ半分を走ったところなのに、要らぬ勘定に囚われながらも脚だけは動かし続け完走を目指す。「完走だ、なにがなんでも完走するんだ…」。舌を出しながら正面を通過した私は、失速を怖れながらも懸命な走りを続けるのであった。 高島平ロードレース走録(その6) 再度給水を終え、無心のランを続ける。私はこの辺りの中盤走ではいつも薄目を開けたまま、体の力を抜いて走っている。目を見開くよりは楽な感じがするからだ。ぼうっとしている間に青シャツの女性に追いついていた。自分が速いのか彼女が落ちてきたのかはよくわからない。周囲に基準となるランナーが誰もいないから、いまのペースが全然わからない。ただ今ここにある事実は、今日のレースを折り返した(半分走り終えた)ということだけ。それだけが、唯一の嬉しさ。頭の中を部屋にたとえれば、だだっ広い空間の片隅に一輪の花が咲いている感じ。あとは何もない。ただただペースが落ちぬよう只管に脚を動かし続けるのみ。気がつくと、青シャツの女性もタカシ君も視界には居なくなっていた。遠く前方にランナーが居るだけで、周囲には走る足音が聞こえない。しばし孤独な走りとなる。第一コーナーを曲がり、自分との戦いの海原に漂っていると、後から突然先導車両のスピーカがうなり声をあげた。 「先頭集団が近づいています。ランナーは左に寄ってください」 いよいよ、このときが来たか…。いままさに、私は周回遅れの洗礼を受けようとしていた。私の12キロ地点。彼らの17キロ地点。そこがレースに賭ける男たちを間近に見る、いや、ともに走るという生まれて初めての経験の場であった。 「先頭集団が来ました。左に…」 二度目のアナウンスと同時に先導車が私の横を通過していった。その直後、ダダダッと一塊のかもしか、いや、だちょう集団が私の右側を怒涛のごとく駆け抜けていった。前を行くだちょう達は美しかった。その鍛え上げられたシルエットに何か清清しいものを感じてしまった。本当は「畜生!」とか思わなきゃいけないところだろうが、このときの私は「がんばれ、最後まで戦え!」と疾風走者たちにエールを送っていた。走力の違いは甚だしいが、同じレースに出場しているという喜び、それだけで私は満足だった。 「9’10” (2K)/53’05” (12K)」。貯金はまだ55秒あるものの、懸命に走ってキロ4’35”というのが若干気にかかる。尚も自分との戦いは続く。 高島平ロードレース走録(その7) 先頭のかもしか達が行ってしまった後、続くかもしかが単独または集団で、これを追いかけて行く。細い脚、高い腰、ダイナミックなストライド。とある一匹のかもしかに追い抜かれるや否や、その脚のリズムに合わせて走りを真似てみるが、私との差はぐんぐんつくだけである。「同じ人間なのに、どうしてこうも違うのかな」などと思いながら、また自分のリズムに戻り、ひた走る。第一線ランナー達の勇姿は、中盤過ぎに単調で孤独な道を行く私にとって、格好のリフレッシュメントになった。 「4’37” (1K)/57’42” (13K)」。1Kあたりラップは軽い脚の疲労とともに確実に落ち始めていた。変わりなく走っているつもりでも、ちょっとずつ落ちてしまっているのが怖い。1Kないしは2Kラップを見るたびに、4’30”を下回るタイムに「これではいかん!」と思い一瞬脚の回転を速めるのだがこれも長くは続かない。やはり、終盤を考えると無理もできず元のスピードで走ることとなる。貯金が数秒ずつ侵食されていく心境。制限時間内にゴールできた自分、係員にレースを途中制止される自分。白か黒か…。二つの自分が頭の奥底でぐるぐると廻る。あれこれと想像をしながら、尚も走る。沿道から、横をすり抜けて行くかもしかのラストスパートを援護する檄が飛び、ふと3周回目後半を走る我に意識が戻る。 「ここで落ちるわけにはいかない。苦しいのは自分だけじゃない。皆がんばっているんだ…」。 数々のかもしかの激走を見つつ、私も正面ストレートに入る。3周回目に入って以来、1周回前を行くスプリンターはさておき、私と同じ3周回目のランナーには殆ど、いや全く出会わない。すべては自分が頼り。 「これが高島平か…」。 90分の制限時間内完走を目指す一市民ランナーにとって、この大会は正しく「自分の底力を自分自身で確認する場」に他ならない。 禅問答とも思しき3周目が間もなく終わろうとしている。 高島平ロードレース走録(その8) いざ、正面へ。かもしか達はチームメイトやコーチの声援のもと最後の力を振り絞り、左レーンを抜けレース終了。私は、右レーンを抜け、最終周回へ。 「9’09” (2K)/1:06’51” (15K)」。ボーダーは1:07’30”。 「このまま行ければ完走できる。ただし、気を抜くと…」。 いまだ予断は許されない状況。余裕はまったくといっていいほどない。 最後の給水地点。水を二つ、スポンジを二つ。ボーイスカウトに礼を言い、ラスト5キロの旅に出た。 ここからはかもしか達が居ない。私のずうっと前にランナーが一人いるだけで、後は誰もいない道中。静けさというか孤独さというか独特の雰囲気に包まれる。沿道の声援は、自ずと私個人に対する激励となった。私は応援してくれる一人ひとりの方に「ありがとうございます」と言って走った。いちいち返礼することで、ともすればネガティブな雑念にかられてしまう自分を叱咤し、いまここにある現実に集中しようと努めた。要らぬ空想をしている暇などないのである。 それにしても、苦しい時の応援は嬉しい。休日の限られた自由時間を返上し、見ず知らずの私を応援してくれる人々の温かさをひしひしと感じる。 「やるしかない。完走するしかない」。 そこここで沿道の人々に励まされる度、ときに緩もうとする神経に鞭が入る。 正面直線路は、西台駅至近の第4コーナーに始まり、高島平駅前が第七小のある正面、新高島平駅前を通過し、西高島平駅至近の第1コーナーまで続く。その第1コーナーをいま曲がった。 「もう、ここへは来なくていいんだ。この曲がり角もこれっきりだ」 そう思うと、少し気が楽になった。最終周回は沿道の人に、そして、目印となる地点に別れを告げながら、一つ一つ大切なものにフタをするように前へ前へと脚を進めた。 高島平ロードレース走録(その9) 「9’08” (2K)/1:15’59” (17K)」。ボーダーは1:16’30”。残り3Kとなり貯金は30秒。まだまだ甘えは許されない。脚がもつれでもしたら、後からくる浪人に一刀殺に切り落とされてしまう、そんな心境。心は切迫していた。 「泣いても笑ってもあと15分だ。がんばれ」「あと3K。綾瀬川練習コース片道に過ぎないじゃないか」…。これまでの経験則をもとに、自分への激励を続ける。もう速度は上がらない一杯一杯の状態。脚も重く、厳しさが徐々に増してきた。 兎にも角にも懸命に走っていると、沿道に立つ父親と小学生の女の子が見えてきた。 「がんばれ〜っ」。女の子が叫ぶ。 「ありがとうっ」。応える私。 すると、オレンジのジャージズボンを履いたその女の子が私と並んで走り始めた。後を振り返り「パパ、一緒に走ってくるね」と言い、彼女は懸命に私の横を走り出した。 「がんばって〜っ」。 女の子は大きなストライドで全速で走りながら、手を振って声援してくれた。 こんなに嬉しかったのは走り始めて以来、初めての経験だった。心の底から胸が熱くなった。目頭がじ〜んと熱くなった。 「ありがとう。元気になった。ほんとに元気になったよ。がんばるよ」 私は彼女に向かって大きく手を振った。 一生懸命走っていたが、小学生には苦しいスピードだったのだろう、しばらく並走した後、彼女は手を振りながら後に消えて行った。 どこの誰かはまったくわからない女の子。その子から物凄いエネルギーをもらった。私は、辛い、苦しいという言葉を一瞬忘れた。以前として厳しい走りを続けてはいたが、心は温かく優しい気持ちに満たされていた。脚は再び元気を取り戻していた。 「あの子のためにも走らねば、何がなんでも完走せねば…」。 「完走」は、私の心の中で彼女への恩返しとして改めて重要なものとなった。レースはいよいよ本日の明暗を分けるべく最終章へと突入した。 高島平ロードレース走録(その10) 「4’26” (1K)/1:20’25” (18K)」。ボーダーは1:21’00”。残り2Kで貯金は35秒。久しく切れなかった1K4’30”を上回った。嬉しい。すべては、あの女の子のお蔭。近視でコンタクトレンズを外して走っている私は、彼女の顔を覚えていない。というより、最初から見えなかったので、再びどこかで出会っても御礼は言えない。「完走」。それだけが彼女への恩返しと思って走った。 前方150mほどに茶色上下の女性が懸命な走りを続けている。 「よし、この人を今日の最終目標にしよう」 警察官が交通整理する大きな交差点を越え、最終コーナーへ。女性との距離は未だ変わらない。 最後の直線は、長くて孤独な時間だった。 「イチ、ニ、イチ、ニ」。ただただリズムを崩さぬように走る。だんだんと女性との距離は縮まり100m程度となった。 なかなかゴールが見えてこない。目をつぶって走りを続ける。完走は間違いないはず。ここまできたら、あとはどれだけ記録を縮められるかの挑戦だ。 流れる汗を拭いながら無心の走りを続けていくと、やがてゴールへ続く石畳へと足元は変わり、白い幌がぽつんと見えてきた。女性は、さきほどよりも近くまで来ていた。ここでやや失速気味の中年男性を抜いた。あまり記憶は確かではないが、このレース中に抜いた人は、タカシ君、青上下の女性、そして、この中年男性の3人。結局、周回違いのかもしか軍団を除き、あとは抜きも抜かれもしなかったように思う。私にとって「高島平」は孤独で、いつになく長く感じるレースだった。 高島平ロードレース走録(その11) 最後の女性に追いつきたい。願わくば追い抜いてゴールしたい。そう思ったものの、彼女もラストスパートをしたようで、50mぐらいの間隔を埋めることがどうしても出来ない。ゴール2百メートルぐらい手前の右手植え込みの中から、「リュウさん、ラストスパート!」という顔なき大声。声の主は、わがチーム走り屋のエース、かんさんだ。 その声に励まされ、大きく手を振り、目をぎゅっとつぶって力を振り絞る。 前方で茶色い女性がさきにゴールした。数十mの間隔は終ぞ埋められなかったが離されることはなかったのが、せめてもの救い。 ゴール地点には白帽子の大会役員が何人も居て、うち一人は完走者を名簿にチェックしている。その横をすり抜け、決死の形相でゴール。ゴール板を踏んだその瞬間、いかめしい顔つきの年配役員衆の一人が、小さな声で「おめでとう」と声をかけてくれた。嬉しかった。そして、何よりほっとした。 目を見開くと、チーさんがいた。そして、かんさんが歩みよってきて労をねぎらってくれた。二人を前に私が最初にやったこと。それは、立ち止まって両の手を大仰なポーズで水平に振りながら、野球の審判のように「セーフ!」「セーフ!」と2回。大会の主旨からすれば甚だ蛇足的な市民ランナーの私であるが、ここではそんなことお構いなし。ただ只管に完走できた安堵感を体いっぱい表現した。 「8’57” (2K)/1:29’22” (20K)」。これは手元の時計でグロス。公認記録(ネット)は、1:29’15”であった。 レースは終わった。私は完走という目的を達することができた。ただ、これは私一人の力ではない。私を当日支えてくれたチーさん、かんさん、店長はじめ走り屋の皆さん、そして誰よりも忘れてはならないのが、あの女の子。 どこの誰かはわからないが、もう一度この場を借りて、彼女に御礼を言わせてほしい。 「本当にありがとう。きみのおかげで、私は最後まで走れました」 高島平走録おわり。 |