リュウさんのレース完走記その13  
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    第13回かすみがうらマラソン走録  2003年4月13日
地獄のレース。(かすみダイジェスト走録)

 かすみが浦に出場された皆さん、お疲れ様でした。私は数日前より体調をくずし、朝からヘロヘロ状態でした。案の定、走り出して、数キロで失速。どんなに懸命に走ってもキロ6分がやっとでした。その後、さらに失速。ヘンな汗が出てきて、何度もリタイアしそうになりました。意識は朦朧とし、沿道に続くスポンサーの「毎日新聞」の幟が、どう見ても「夏目漱石」に見えて、なんでこの地は漱石の幟が並んでいるんだろうと思ったほどです。なんぼ走っても、まだウン十キロ。これも日頃の行いの悪さからの災いか…なんて考えました。
 「最悪のコンディションでもフルは完走できるのだろうか」という一大テーマに心を切り替え、ひたすらゴールを目指し走るのみでした。坐骨神経はビンビン痛み出し、なぜか両足にマメができました。
 なんとか35キロを過ぎ、エイドの机の影に見たものは、なんと椅子に腰掛けた
katsuさんでした。私は目をこすりました。絶対人違いだと思い、近寄って声をかけてみるとホンモノのkatsuさんでした。脚攣りでリタイアするとのことでした。私も一緒にやめよっかな…と正直思いましたが、それは逆に失礼になると咄嗟に思い、走り続けることにしました。いま思えば、このkatsuさんの姿が私にとってのカンフル剤でした。「行けるなら這ってでも行け」。katsuさんからは、そんなエネルギーをもらいました。あそこで気持ちを切り替えることができたので、本当に感謝しなければなりません。
37キロに至った時。独り言を言いました。「ようし、ファイブ・カウントダウン!」。その後、1キロおきに「よっしゃあ、ラスト・フォー」「おりゃあ、あと3つ!」とか訳のわからん言葉をはいてました。最後の2キロは目をつぶって走りました。50人ぐらいは抜いたような気がします。まさに渾身の力でした。タイムは、4時間40分位かかり、エイド、ストレッチで止まった回数は数知れません。しかし、「レースは絶対歩かない!」というマイ・ポリシーは辛うじて死守。文字通りの「
42.195km完走」、これが一番辛かったかな。
(あんまりまじめに書いていてもゴンちゃんが喜ばないので、特別段落組みます)
 4時間半以上も走っていると、いつもと違う光景が見れます。エイドで話し込むランナー、口でリズムをとりながら走る年配ランナー、そして、歩く人が多いこと多いこと。とにかく、たくさんの元気な人に追い抜かれました。抜かれる度、「バ〜カ」と言うがごとく「プッ、プッ、プッ!」と何発も屁をくらいました。顔を覚えておいて次のレースで屁返ししてやろうと思っても、屁主に追いつけないんです。これは、ほんと情なかったです。オバチャンまでブッこきやがって畜生!私は具合が悪くて、屁をこく気力もありませんでした。元気なくて、すかしっ屁も出ませんでした。いつかまとめてブッぱなしてやるぜい!
 このレースは風邪と暑さとの闘いでした。私を助けてくれたのは、地元の人々の温かい声援・エイド、そして、
katsuさんでした。またまた「走り屋」に助けてもらいました。
 それにしても、こんな辛いレースは最初で最後にしたいです。皆さん、体調が悪いときは、レースに出ちゃダメですよ。とくに「フル」は地獄見ますからね…。