リュウさんのレース完走記その16  
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   2004伊豆大島トライアスロン参戦記  2003年9月1日
(1)戦慄のプロローグ
ド〜ン。ザザ〜ッ!!!!!!!!!きゃ〜っ!おおおっ!
私にとって2回目の東京アイランドシリーズ『伊豆大島トライアスロン』参戦の旅は、恐ろしい船舶事故で始まった。
竹芝桟橋発大島行のジェットフォイル(JF)「セブンアイランド虹」号が出航1時間後、大島まであと30分地点で、80kmの高速航行中に海の中の何かに激突した。船は大きく傾きながら大量の水しぶきをあげF1カーがスピンするように停船した。JFキャビンは2層に分かれており、私と同行のタイガさん、tomoちゃん、tomo旦那のマサやんの4人は2階席後部の中央列に並んで座していた。乗船直後に早速乾杯をし、いい気持ちで昼寝していたので私は事故のことがよくわからない。衝撃音で目を覚ました私が覚えているのは、大量の水しぶきと悲鳴だった。

「どうしたの?」。何がなんだか訳がわかんねえ私がタイガさんに聞くと、「船がぶつかっちゃったんだよ」との返事だった。(こりゃ大変だ。もしかして浸水してくるんじゃねえかな)。咄嗟に目で後部非常口をチェック。自分だけ生き残ろうとするイヤらしい自分に気付く。どうやら私とマサやんは熟睡してて今いち状況が掌握できないようだ。だんだんと事態がつかめてきた私とマサやんは側窓に目をやった。窓の外には、この船が残した白い航行跡の帯があった。ということはだ。「この船、90度スピンしちゃったんだ!」。マサやんが叫ぶ。「なんだよ、寝てたからわかんねえのか!しょうがねえなあ。いま凄かったんだぜ。××で○○でさあ、・・・」。タイガさんとtomoちゃんは、事故目撃&体験者として興奮しながら顛末を語っていた。その横で私とマサやんはキョトン。私は水しぶきを上げ船が傾いている時に目覚め、自分の住むマンションがテロに遭って倒れているんだと錯覚して脚をふんばっていたんだから事故のようすは全くわからない。いま思い出してもどっちに船が傾いていたのかも良く覚えていない位だ。

「ただいま本船は水中障害物に衝突しました。船体を点検中ですのでしばらくお待ちください」。JFは大海原のど真ん中にぽつり停泊。台風による高波の影響でゆらゆらと揺れていた。若い乗組員がキャビンを走り回り、前後左右の非常口から頻繁に出入りし船体チェックを行なっている。私たちの周りには幸い怪我をした人はいないようだった。事故は大事に至らなかったかのようであった。が、しかし・・・。(つづく)

事故の記事は下記参照

Web Site..http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040612-00002145-mai-soci

2004伊豆大島トライアスロン参戦記(2)やばいぞ!
「お客様の中でお医者様か看護婦さんはいらっしゃいませんか?」。衝突からしばらくして船員の一人が肉声で乗客に語りかけた。「誰か怪我したのかなあ・・・」。がやがやとはしていたものの席を動く客は一人もいない。皆、落ち着きを取り戻したようだ。船の安全を確証した私たちが注目したのは、「船が何にぶつかったのか?」ということだった。鯨じゃねえのか?いや、イルカかもしれない?流木らしいよ・・・。誰がどこで発想したのか様々な憶測が飛び交った。皆が期待したその水中障害物という曖昧な物体は結局最後まで説明されることはなかった。さて、怪我人であるがどうやら一階のほうがひどいらしい。2階席でもちらほら船員に手当を受ける人が見受けられたが、重傷者はいないようだ(このとき私たちの5列ほど前の乗客は鎖骨を骨折していたらしいが)。「本船は水中翼を破損しましたので、ただいまより低速で大島へ向かいます」。

事故から30分位経過し、JFは高波に揺られながらゆっくりと大島へ向けて動き出した。揺れとキャビン内の温度には皆が閉口した。蒸し暑くて横揺れの激しい船内は不快な空間と化した。たらたらと航行しながら船は次第に大島に近づいた。地元の漁船がJFに併走して様子をうかがう。「まもなく大島岡田港に到着します」。私が宿に到着遅延の電話を入れると港まで迎えに来てくれるという。雨が降り続いていたので、迎車は本当に嬉しい。船内アナウンスが続く。「到着しましたら怪我人を先に下ろしますのでご協力をお願いします」。船は桟橋にするすると近づいた。救急車が数台止まり赤色灯を回している。どんな怪我人が出たのか?桟橋には多くの出迎え人がいた。その中にはかっぱを着て大型カメラを担ぐ報道関係者の姿もあった。

JFが無事着岸すると地元の救急隊員がハッチを開け船内に入ってきた。みな階段を下り1階フロアに向かっていく。担架も搬入された。我々は完全に野次馬と化していた。キャビンは熱気でますますムンムンしてきた。しばらく待たされたので痺れを切らした後のサラリーマンのオヤジは、突如「俺も怪我しているから下ろしてくれよ」とハッチへ向かって歩き出し、一足先に下船してしまった。どう見ても怪我なんかしてない。手当も受けてない。「あのオヤジ、うまいことやったなあ」。船内の蒸し暑さに閉口していた我々は、口々にオヤジのずる賢さをなじった。「俺もキンタマ打ったんで、先に下ろしてもらうっぺか!」。悪ふざけが過ぎtomoちゃんに睨まれる私。
やがて首にコルセットを巻き、顔面を両手で抑えアイシングする悲痛な女性が上がってきた。
「おおっ!すごい怪我だなあ」。つづいて担架に乗せられ、救急隊員に囲まれた人が現れ、辺りは騒然。怪我人、報道カメラ・・・。なんとなくただ事ではないことがわかってきた。我々の座る2階はそれほど衝撃はなかったのだが、水中翼に近い1階席は相当の衝撃だったことが想像できた。
「お待たせしました。・・・」。やっと非負傷乗客の下船が始まった。船窓から下船する人たちにはテレビカメラが向けられている。「誰か取材受けたりしてね」「やっぱtomoちゃんでしょう」「ちょっとやめてよ、龍ちゃん!」。この深刻な事態にもかかわらず、おちゃらける阿呆4人衆だ。最近『トライアスロンジャパン(TJ)』の連載企画に登場し、この大島トライでも取材を受ける予定のtomoちゃんはいわば「時の人」。事件報道なんて全然関係ないのに取材=tomoちゃんという図式を勝手に組み立てて、皆でtomoちゃんをイジって遊んでいた。窓の外には「ペンションS」の垂れ幕を持つご主人の姿があった。
午後5時20分。思い自転車を担ぎ、やっとのことでハッチをくぐり、表へ出る。磯の香りがプ〜ンと鼻をつく。空は悪天候で暗く、小雨が降り続いていた。タラップを降りた我々を待っていたのは・・・。(つづく)

2004伊豆大島トライアスロン参戦記(3)取材はやっぱこの人だね。
マサやん、タイガさんが先に陸に上がり、数人の客をはさんで私、トモちゃんがこれに続く。タラップを降りようと足元を確認し、ふと顔を上げると、な、な、なんとテレビクルーがもろに私の顔を捕らえているではないか!「ちょっと話を聞かせてくださいよ!」。壮年のテレビクルーが叫ぶ。便乗クルーもいてカメラは2台。なんで俺に来るんだよ。取材に応じても良かったんだが、私は裏社会に生きる男・・・なんてことはないが、ただ単に寝ていてコメントできなかったんで咄嗟に逃げた。ただ逃げるだけじゃ面白くないんで、ここで日頃のいたずら心が反射的に牙をむいた。「あ、俺よくわかんないんで、この人に聞いてください」。私がライオンどもに与えた餌はトモちゃんだった。カメラは私の取材を諦め、トモちゃんの顔面を捉えた。「ちょっといいですか・・・」。矛先が変わりクルーはトモちゃんに噛み付いた。「いえいえ・・・」とか言いながらもトモちゃんは「すごかったです」とか美味しい言葉を吐いている。これはもしかしてもしやオンエアされるかもしれんぞ!私、タイガさん、マサやんは外野でほくそ笑む。「やっぱ取材はトモちゃんだね」。この大島トライでもTJジャパン誌の取材予定のあるトモちゃん。軽く十秒ぐらいの取材だったが絵的にはいけるかもしれない感じだった。

このあとペンションの親父さんに挨拶。宿の迎えは本当に嬉しいものだ。事故で予定した元町港まで行けず直近の岡田港に船が到着したため、我々以外の乗客はみな元町港行きの大型シャトルバスに乗り込んでいる。我々だけが宿への直行ワゴンだ。今回ちょっと奮発して綺麗な宿に泊まることにしたが、こんな感じでVIP待遇を受けられるなんて思ってもみなかった。すでにモトがとれちゃった感じだった。雨の中、自転車を積み込み、親父さんの運転でいざ宿へ。

「大変だったねえ」「びっくりしましたよ、ほんとに」「あのカメラマン、NHKの人だよ」「え、そうなんですか・・・」「何回かあるんですか事故?」「こんな事故は今までに聞いたことないよ」。話題は事故で持ちきりだ。十分ほどで車は宿へ。うわあ〜っ。公道からペンションの敷地に入ると車が十台は止まるであろう大きな駐車場。その奥にログ東屋風の玄関。これを越えると、左に大きな庭、右にド〜ンと横長の平屋建てペンション。アメリカっぽくて、おっしゃれ〜、なのだ。タイガさんと去年泊まったT荘とは段違い。月とスッポンよりリアルに言うと『宮殿とバラック』ってぐらい違う。ここで3日間の合宿生活がはじまる。我々は事故に重篤な怪我人がいることなど、このとき知る由もなかった。とてつもなく楽しい夜がいま始まろうとしていた。(つづく)