リュウさんのレース完走記その5 
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鹿沼さつきハーフ走録   2002年5月12日
「走るまで編」。

 北越谷でピロさんが同じ車両に乗ってきた。ピロさんが参加することは知っていたが、連絡先がわからなかった。現地で会えると思っていたが、意外にも同じ電車であった。新鹿沼で降り、私がコーチをしている栃木県内の某医科大学柔道部学生の車で会場へ。今回は柔道部の学生たち7人が、ハーフ、10キロ、5キロ、3キロに参加する。心肺機能を高めるためにと、柔道部主将と私がさきに話し合って決めた。
 
さて、運転を担当してくれた学生は肋骨骨折中で今日は見学のヤマちゃん。宇都宮の耳鼻科のご子息だ。ピロさんと二人で後部座席に乗り込み、私が前日買い込んだパーティ・グッズのかぶりもの(時代劇の娘風)を運転中のヤマちゃんにかぶせる。ヤマちゃんは、「対向車の人がじろじろ見てます、恥ずかしいです。勘弁してくださいっ!」と、すぐに外してしまった。その赤ら顔にピロさんと二人で大笑いしてしまった。
 
 会場至近の車道はゆるやかな上り坂。「あそこが集合場所だよ」とピロさんが指差したのは丘の上。車を降りると城の城郭のような高さの小高い丘の上に会場となる御殿山公園野球場があるではないか。そこに上るには、えらい急な坂を登らなければならない。tomojiさんが言ってた坂はこれかあ、と思った。そのスロープは歩道橋の二倍ぐらいの長さで傾斜は丁度自転車通路のついた歩道橋ぐらいの角度。とにかく急だった。
 
 学生たちと合流し、一人ひとり本日の特別衣装を支給した。ヤマちゃんの被りものをはじめとして、どくろマークつきの海賊帽、禁酒・禁煙のたすき、危険人物という腕章などなど。学生たちは恥ずかしいなあと言いながらも、お祭り気分で皆笑顔だった。マラソン大会がこれほど盛大に行われるものとは参加するものにしかわからないというのが実情のようだ。興味のない人は、かくも多くのランナーが集まっていることなど知る由もないのだ。

 今日は暑い。軽く1キロほどアップしたのだが、だらだらと汗が流れてきた。ピロさんに「汗かき過ぎじゃないの?」と言われてしまう。別に体調は悪くないのだが、汗かきなので暑さには人一倍弱いのである。 

 スタート地点は下界の車道だから、野球場への急な坂を駆け下りることはない。つまり、ゴール直前だけ丘上に駆け上がる形となる。今日またも先頭位置に並んでしまった。やばい…、みんな早そう。スタートすると1キロぐらい緩やかな坂道を駆け下りる形となる。ピロさんからは「リュウさん、絶対飛ばしちゃダメだよ」とアドバイスが。いよいよカウントダウン。スタート1分前。まだ見ぬコース、そして、走って見なきゃわからぬ今日の自分のコンディション。期待と不安が50/50。あっという間に10秒前。バン!という合図とともに、太陽が燦燦と輝く鹿沼道を雪崩に飲まれるが如く走り出した。
                         (鹿沼さつきハーフ走録「レース編@」につづく)


鹿沼さつきハーフ走録「レース編@」


またも流れに逆らうかのごとく、私だけペースが遅い。ピロさんの言うことを信じてスローペース
を守る。栃木は心なしか空気がいい感じがする。おお、目の前に招待選手の女性が走っているではないか。その横を通り過ぎる。この選手は一旦は飛び出したものの、ものすごいスローで後方の様子をうかがうべく下がっていった。

1キロ地点。ラップを見ると、なんと4分10秒だ。早い、早すぎる。下りにだまされて脚が前に出てしまった。このままではバテる。すぐにペース調整。当初予定のキロ4分30秒ペースで平地を2キロ、3キロと刻んでいった。
このあたりではシャキッと背筋を伸ばし左右対称に腕を振るフォームを心がけ、モウマンタイ(無問題)であった。

ところが、5キロにさしかかった頃から右脇腹がキューッと痛みだした。肋骨の最下部あたり肝臓の位置だ。手でさすったり叩いたりしながら走ったが、痛みが強く気持ちが萎えた。ペースが落ちる。キロ4分50秒、5分…。リタイヤか。悪夢がよぎる。これじゃ目標の1時間40分は無理だ、そう思った。がんがん抜かれる。おまけに、暑い。こういうときは太陽の陽射しが余計にこたえる。6、7キロあたりでヘロヘロになってしまった。

半ば諦め半分でマイ・ペースで走っていると、腹痛が徐々におさまってきた。なんとかなりそうだ。いい兆しを感じる。ここで、さらに私は運に恵まれた。ピロさんを前方に発見したのだ。最初は幻覚かとも思い我を疑ったが、その青いランシャツの背中は紛れもなくピロさんだった。後で聞いたが、ピロさんはこの日疲れていたので調整のために来たのだそうだ。序盤で飛ばした後ジョグをしながら、私が走ってくるのを待っていてくれたのだ。ああ、なんという幸運。気をとり直して走る。ピロさん効果で、腹痛は完全ストップ。スピードは出ないが嬉しさ満点。「後半は下りだから楽になるよ」とピロさん。しばらくはキロ5分前後のスピードで、ピロさんの10メートルぐらい後を追走する。やっとのことで折り返し地点(中間点)に辿りついた。

このあたりでは、給水所で水を2カップずつ受け取っていた。さすがに今日は暑く、数キロおきに給水所がある。一回だけエネルゲンをとったが、こぼして手がべとべとになったので、それからは水をとるようにした。一杯は頭からかぶり、一杯を口に含むという形で全給水所で水をもらいながら、暑さをしのいだ。レース後にピロさんから聞いたが、私は終始ずぶ濡れで、脚は汗が渇き白くなっていたらしい。とにかく格好なんかどうでもよかった。自分では何もわからずただただ懸命に歩を進めていた。
(鹿沼さつきハーフ走録「レース編A」につづく)


鹿沼さつきハーフ走録「レース編A」。

さて、折り返すと何だか急に脚が軽くなった。嘘のように楽になった。気持ちもスーッと楽になっていき、走酔がはじまった。ラップはキロ4分40秒ぐらいに戻った。浴びた水がウェアを通じ体を冷やしてくれる。まるで車のラジエータのようだ。気分爽快で、脚も好調。

「おや?」。前を見ると、いま来た道が下り坂だ。このとき往路が終始上りだったことに気づく。ピロさんが走る前に復路は下りだと言っていたがすっかり忘れていた。このコースの往路がゆるやかな上りであることは走っていてほとんどわからない。知らぬ間に体力を消耗していくのだが、私はこれに気づかず、どうも調子が出ないと考えていた。ピロさんはおそらくキロ4分30秒ペースぐらいであろう、私から徐々に遠ざかっていった。ピロさんありがとう、心の中で叫びながら小さくなっていく背中を見送った。すると、ピロさんが前方でコースを外れ左の林のほうに外れていった。あれれ?どうしたんだろうか。具合でも悪いのだろうかと心配すると、沿道の木立に向かって立ちショ○をしていた。すごい余裕だ。「さき行ってます!」と言って、横を通り過ぎる。

しばらくは快適な走りであった。自分のペースで気持ち良く走っていると、あっという間にピロさんが横に来て、さらに私を追い抜いていった。再度ピロさんの後を走っていたが、15キロを越えたあたりから自分のペースが落ちてくるのがわかった。相変わらず、水をもらってはかぶることの連続。次第に脚が重くなるが、まださほど辛くはない。16キロ地点。計算ではキロ5分で走れば何とか1時間40分を切れそうだ。思わず、「ピロさん、俺、絶対(40分)切りたい!」と吠えてしまった。ピロさんは「いける。絶対いけるよ」と励ましてくれた。

17キロ、18キロとレースが終盤を迎えるにつれ太腿、ふくらはぎの乳酸値が高まるのを感じた。このあたりが自分の脚の一番弱いところ。だが歩くわけにはいかない。必死に走るも、キロ5分がやっとだ。残り3キロは少々ペースを上げたかったのだが、今日もこれは難しい。いっぱいいっぱいの状態。あと2キロ。すでに貯金は使い果たしてしまったので、タイムに余裕がない。このままでは最後の1キロの上りと、最後の急斜面を駆け上がるタイムがない。とにかく必死で走った。

どうしても40分を切りたい。ピロさんを目指し歯を食いしばった。最後の1キロ。頭上に、右折御殿山公園野球場の道路標識。突き当たりを右に曲がれば、もうすぐゴールだ。目をつぶってT字路まで無心で走る。いよいよ右折し、上り傾斜に突入。ここは今朝スタート後に駆け下りた坂道。それほど急な坂とは言えないが、ここにきて上り数百メートルというのは脚にくる。自ずとペースが落ちるが、がむしゃらに腕を前後に振る。さながらブルドーザーか蒸気機関車のようだ。もうこうなっては…と目標タイムを諦めかけた時、「福祉村の練習会を思い出せ!」と檄がとんだ。ピロさんが前方で後を振り返って大声で叫んでいる。「大丈夫。いけるよ。あとはどこまで記録を伸ばせるかだよ」。ピロさんが時計を見ながら言う。ゴール直前の急な坂の下まで辿りついた時、39分20秒ぐらいと残り40秒程度となった。イチかバチか勝負をかけてみようとブルドーザーのエンジン全開で上る。鼻息もあらい。最後の最後10メートルでダッシュ。ゴール至近でランナー一人を抜いてゴール。無理してゴールしたので、オエッときた。

早速、ピロさんを発見。ドリンク剤を受け取り、記録証をもらいに。結果は1時間39分39秒(ピロさんが、サンキュー、サンキューだねと言ってた)。思わずピロさんと握手。「ありがとうございました」「おめでとう」。ピロさんがいなければできなかった目標突破。嬉しくて嬉しくて、思わず脚がつった(アレ?)。両足はパンパンだった。ピロさんとドリンク剤をがぶ飲みしてしまった(おかげで、あとで二人そろって鮮やかな小便を出してしまった…)。今日は苦しかった分、ゴールした歓びに酔いしれた。ピロさん、本当にサンキュー、サンキュー。走り屋がなぜ素晴らしいか。それは感動をともにできるからである。厳しさと楽しさのメリハリがあるからである。私は、これからも自らの目標に向かって走ろうと思う。
(鹿沼さつきハーフ走録「番外編」につづく)

鹿沼さつきハーフ走録「番外編」。

学生たちは皆いい汗をかいていた。応援してくれた部員、マネジャー、申し込みが間に合わなかった新1年生も、次回は参加してみたいと言っていた(とはいえ、「ハーフはちょっと…」と尻ごみはするのだが)。この暑い中、参加者の応援をしてくれたのは本当に嬉しい。医者を目指す学生たちには、こうした周囲からの支援があって自分の立場が成り立つことを是非学んでほしい。私は「苦楽をともにする大切さ」を体験を通じて感じてもらいたく、いまもなお柔道部のコーチを続けている。
さて、学生たちの車に分乗し、昼食に向かう。今日これから向かうのは「宮入そば」。ニラそばの名店だ。車で30分ぐらい走って、やっと到着。学生たちも、もう腹ぺこぺこだ。ところが、店先には人があふれている。入店待ちしている人は、みなジャージだ。聞けば15人の団体さん。その風体からランナーであることは一目瞭然。きっと我々同様「鹿沼さつき」を走ってから来たに違いない。20分ほど待って入店。二手に分かれて座った。
我々のテーブルの四人は、ニラそば一升を注文。すると、後のほうで「ニラそば3升!」とか聞こえる。柔道部の学生たちの注文ぶりは、誠に節度がない。さて、このニラそばであるが、私はゴルフの帰りに何度か食したことがあった。ここは地元の人も数多く訪れる名店で、常連客が多い。我々の前に出てきた一升盛は直径40センチぐらいのざるに冷たいおそばが小分けに盛り付けてあり、その上に茹でたニラがたっぷり載っている。これを、皆でつっついて食べる。四人が十分おなか一杯になる量だ。疲れて火照った体には最高の一品だ。「うまい、うまい」とあっという間にたいらげる。横に座る学生たちはすぐさま三升盛を狙って、もう一方のテーブルに飛び込んでいった。
鹿沼さつきマラソンは、こうして美味しいおそばで閉幕したのであった。
私は、大のそば好きなので、今度は是非、走り屋の仲間で食べにいきたい。
「宮入そば 〒322‐0302 栃木県粟野町深程1362‐1  電話0289‐85‐2055」