リュウさんのレース完走記その6 
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EKIDENカーニバル2002    2002年5月26日
EKIDENカーニバル2002(出走前編)

赤羽駅に着くと、まるでどこか他の駅のように様相が変わっているのに驚いた。五年前まで川口市に住んでいたので、東京方面にはこの駅を利用していた。その頃は、すり鉢状の通路を上ったり下りたりしなければならないパフォーマンス最低の駅であった。それがちょっと見ない間に、バリアフリーよろしくバリバリの近代的ターミナルと化していたのには驚いた。駅構内のパン屋で買ったクリームパンとチョコバナナパンをかじりながら、ナポ店長、タイガさん、ケンチさんと会場まで歩く。いい天気だ。いい天気すぎて暑さがこわい。

到着後、ゼッケンをもらう。かんさんが襷(たすき)の結び方を教えてくれた。駅伝ははじめてなので、襷を触るのもはじめてだ。楽しくやればいいと言いながらも、赤い襷を手にしたら第一走者としての何とも言えない責任を感じた。4人が無事完走できるようにとの願いを胸に、何度かやり直しながら丁寧に確実に結び上げた。その後、タイガさんと軽くアップ。出走は11時45分。まだ1時間以上はある。

メイン会場からはマイクを通じてイベントの司会の声がひびく。司会者が「ファイト〜、いっぱあ〜つ!」と言う度に、ゲーム参加者は「リポビ○ンでぃ〜〜っ!」とか言わされている。小さな子供までゲーム参加前のお約束事とばかり「リポビ○ン…」とマイクに向かって叫んでいる。これって、子供に「アサヒスー○ードライ!」とか言わせるのと同じじゃないかな?。企業の宣伝は、まったく節操がない。このやりとりはスタートまで延々と続いた。「オロナ○ンし〜っ!」とか言ったらどうなるかな?とか考え、青空の下、私は一人ほくそ笑むのであった。

11時25分。出走まであと20分。私は襷をかけたまま、並びはじめたランナーを横目に、スタート地点の横を必死の形相で走り過ぎた。こんな時に腹が重たくなってくるとは…。顔をしかめて個室を目指す。ところが、な、な、なんと、ト○レの前には長蛇の列が…。最悪の場合、個室の中でスタート時間を迎えることに…。悪夢がよぎる。これじゃクラウチング・スタートじゃなくて、ウン○ング・スタートになっちゃうと焦りに焦る。幸い行列はスムーズに流れ、私は快調に運を落とし5分前にはスタートラインに立てた。ひとまず、ほっとした。
[ざんげ]Bチームの皆さん、私は神聖な襷を肩にかけたままレース前に一汗かきました。ごめんなさい。
(EKIDENカーニバル2002〜レース編〜につづく)


EKIDENカーニバル2002〜レース編1〜

スタート地点は、パフォーマンスダンスあり、仮装で出走する人へのインタビューありで盛り上がっていた。単独レースの時とは、一味も二味も違った熱気がそこにあった。もっとも違うのはランナーらしき人の割合が少ないこと。ランシャツ、ランパンよりも、どちらかと言えば普通のTシャツ、短パンの人が多い。並ぶのが遅かったため、前列のほうはまったくわからなかったが…。

ピストルの合図とともに一斉に走り出す。とにかく、ドバッと出たという感じ。結構なスピードだ。周囲を見ても、日頃走っているっぽい人は少なそう。走り方もみな自己流という感じで、興奮のあまり先も考えず飛び出している感が強い。「こりゃ騙されたらいかん」と直感的にペースを抑える。走り出しはちょっと足が重いが、これもいつものことと思えるようになった。別に調子が悪いわけじゃない。「リズムに乗ってくるまでペースを上げずに待とう」。序盤のハイ・ペースを抑えることに初めて成功した。1キロ地点4分18秒。4分半目標だったので、若干は早いが、まずまずである。

次から次へと、かっ飛ばして前へ出ていく人が後を絶たない。「大丈夫なのかな?まあ、いいや。人は人だ」。私はいまある自分をみつめ直し、上がらず下がらずのペースを保ち、楽しく走った。2キロ、3キロと走るに連れ、陽射しと喉の渇きが気になりだした。ペースは以前として4分20秒前後であった。ここで、10秒ぐらいずつ貯金を作れれば、後半ばてても目標の45分は切れると咄嗟に計算した。まずは往路は戸田橋を目指す。

戸田橋を越えれば折り返し地点も近い。4キロ地点で念仏男と出会う。極端に路肩を走っていて、ぶつぶつ何かを一生懸命に言いながら走っている。自分で何かを言っては、一人笑っている。ランシャツ、ランパンで背も高く一見飛ばし屋っぽい感じなのだが、楽しそうにマイ・ペースで走っていた。しばし横にいたが、私はこの時点でまだまだ元気だったので、若干足を速めて前へ出た。戸田橋が見えてきた。橋はみるみるうちに近づいてきて、私はその下に入った。日陰はひんやりと涼しかった。数秒間ではあるが、心地よかった。しばらくして折り返し点がみえる。やはり半分終わるとほっとする。

往路の風は最初の1キロが追い風、その後は弱い向かい風に変わった。それほど風で参ったという感じはなくイーブンペースを維持できた。まずまずの展開。さあ、ここからどうするか。楽しみでもあり不安でもある。ポールをぐるりと回り、心機一転、ゴールを目指し走り出した。
(EKIDENカーニバル2002〜レース編2〜につづく)


EKIDENカーニバル2002〜レース編2

折り返してすぐ給水。今日のコップの水は冷たい。そう言えば、この前の鹿沼ハーフのときの給水は生温くて閉口した。ボランティアの皆さんが活躍しているのに失礼かもしれないが、レース中は給水が唯一のリフレッシュメントだから、冷たい水は正直嬉しい。話を戻そう。ごくりと一口飲んでいるうちにスポンジを取り損ねてしまった。横を走る人は皆、黄色いスポンジを持って走っている。しぼり出した水を浴びながら走る様は、実に気持ち良さそうだ。「そんなこと考えていても仕方がないんだ。ゴールで仲間が待っているんだ」。邪念を絶ちきるために「よっしゃあ!」と気合を入れて走り出す。

この辺りで足が目を覚ましたという感じ。心地よい疲れとともに再び戸田橋をくぐり、ゴールを目指す。
6キロ、7キロと430秒前後で走る。ペースを落としたつもりはないが、10秒ぐらい遅くなっている。気持ち的には前半5キロと同じスピードと踏んでいたが、自然に遅くなっている。脚に余力はあった。よし、ちょっと速めでいこう。7キロ地点から多少足を速める。10キロは日頃の練習メニューなので距離感がわかりやすい。いつもの綾瀬川沿いの残り3キロ地点を頭に浮かべた。ここからは速めのスピードでもなんとかなるはず。やはり日頃の練習成果が出た。若干の向かい風に周囲のランナーが嫌がる中、私は一人二人と抜いて前に出ることができた。56人の集団の横をすり抜け、前へ上がる。ここで再び給水。最も手前のコップを手にとり、ごくりと水を飲み、最後のテーブルでもう一つコップをとり頭からかぶる。襷が水で濡れ深紅色に変わった。ゆるんだ襷をぐっと引っ張り、気合を入れる。「っしゃあああああ!」。失速してはいけない、ナポ店長に襷を渡すまでは妥協は許されないぞ、そう自分に言い聞かせ足をリズムよく回転させる。8キロ地点、423秒。いける、あと2キロだ。泣いても笑ってもあと9分だ。俄然、闘志が燃える。たくさんの人を抜いた。9キロ地点、420秒。よし、いいぞ、その調子だ。最後の1キロは最高に燃えた。9キロの表示を過ぎ、さらにペースを上げる。

残り
5百メートル。なんと、ピンクのシャツが路肩に!ゴンちゃんだ!「リュウさん、ラスト、ラスト!」。ゴンちゃんが私の斜め前を走ってくれた。「ゴンちゃん、思いきり引っ張って!」。思わず叫んだ。ゴンちゃんの背中を追いかけて走ってはみたものの、全然ついていけない。それでも出来る限りの走りはした。「ちきしょうっ!」。バテている自分が本当に情けなかった。残り2百メートルは中継点への未舗装道。「リュウさん。ラストがんばって!」。ゴンちゃんが離れて行った。襷を肩から外し、拳でしっかりと握る。自分でも情けないほど失速し、どん底のスピードで走る。応援の声も、周囲の景色も見れないほど一杯一杯。ただ路面だけを見て無心で走る。やっとのことで前方にナポ店長のピンクのランシャツを発見。中継所は襷を受け継ごうというランナーであふれ返っていた。電車の終点みたいに人の壁でせき止められていて、向こう側はまったく見えない。その最前列で店長が、こっちこっちと手で合図をしている。鮮やかなピンクシャツが一際目立っている。渾身の力で走り、襷をしっかりと渡す。声は出せなかった。心の中で「よろしくお願いします」と言いながら、店長の背中を見送った。
EKIDENカーニバル2002〜アフター編〜につづく)

EKIDENカーニバル2002〜レース編3

走り終わると、そのままエイドのほうへジョグで向かう。最初に迎えてくれたのは、リポ○タンDを配るお姉ちゃんたちだ。思わず手を差し出し一本頂戴する。が、いまは水が飲みたい。目を先のほうに向けると、ペットボトルの水を配っている。なぜかリポDには一口も口をつけず、テーブルの上に置いておき、水をもらいに行ってしまった。そのときは、水を飲んでから戻る予定だったが、「ああ、うめえ!」とか言いながらゴクゴクとペットの水を喉に流し込むうちに置いてきたリポDのことをすっかり忘れてしまった。結局、飲まず終いであった。鹿沼のときもそうだったけど、キャンペーンはわかるんだけど走り終わって真っ先にドリンク剤ってのは、どうもいただけない。最後のスパートで喉ががらがらだし、今日は中継地点の砂埃もすごい。いきなり甘い飲み物はきつい。後でわかったが、皆もらうのはもらうのだけど、すぐ先のテーブルに置いて(放棄?)水に向かう人も少なくなかった。長机上には、飲みかけの小瓶がたくさんあった。

さて、一息ついて感慨にふける。ランから解放された安堵感と、襷を無事につなげた達成感が同時に襲ってくる。一人で走り終えた時とはまた違った感慨深さがある。レースは今もなお続いている。つないだ襷は自分が走り終えた後も、挑戦を続けているのだ。襷が止まることのないように心から祈りながら、束の間の休息をとる。ここからは大声を出して応援だ。

水を飲んで歩き出すと、爽やかな風とともに周囲を見渡す余裕ができた。アンカーのアキさんが駆け寄ってくる。「リュウさん、早かったよ!すごいよ!」「ありがとうございました。でも、最後バテちゃって…」。走り屋の仲間は、いつも心の底から労をねぎらってくれる。すごく嬉しいのだが、今日は正直なところ素直に喜べなかった。最後にバテちゃったことが何とも申し訳なく思えてならなかったからだ。この心境は、柔道の団体戦に出場し、あと数秒のところで不覚にも負けを喫したときによく似ている。マラソンをやっていて柔道を思い出すとは夢にも思わなかった。

アキさんからデジカメを預かり、会場の外に出る。目の前に野球場が広がる。ベンチの前にピンクのシャツを発見。第3走者のまりぼーだ。多少緊張した面持ちだったが、闘志に燃えている。「襷をもらったら、あまり最初から飛ばさないほうがいいよ。店長が中継してくるスピードで流れに乗るように走ったらいいと思うよ。とにかく楽しもう」と素人ながらアドバイスをしてしまった。まりぼーは、「はい」と言うと襷をもらうシミュレーションをはじめた。襷をもらう動作からランへ、という練習。ところが、前を向くなりものすごいスピードで
50メートルぐらい走る。かなり気合いが入っている感じ。やはり、責任を感じているのだろうか。楽しんで走ろうと考えても、仲間の顔が浮かんできて責任を感じる。「楽しもう」と言われても、次の走者のために全力で走ってしまう。それが駅伝に参加する者の宿命なのかもしれない。

ここでしばらく店長の戻りを待つ間に、今日のラップを確認。平均して
42025秒で刻んできたという憶測。ところが、である。最終ラップは、なんと49秒だったのである。最後に失速したのにこのタイムは自分でも驚いた。ゴンちゃんについていけないのも至極当然、最後の最後で4分を切るペースでスパートしていたのだから。やれば出来るということを教えてくれたゴンちゃんには本当に感謝である。(ちなみに10K4319”だった)

さて、ナポ店長が戻ってきた。全力で走っている姿が爽やかだ。襷が生きている。なんだか嬉しい。店長の写真を撮って、ゴンちゃんたちと一言声をかける。「店長、ラスト、ラスト〜ッ!」。中継所はごった返していてランナー以外はとても近寄れそうにないので、襷の受け渡しは見られなかった。すぐさま、まりぼーが走ってくるコース側に全速移動する。この駅伝、中継所を真中に左右に交互にランナーが飛び出していく仕組みとなっている。各々のコースは直線で、半分の距離で折り返して中継所に戻ってきては次のランナーが反対方向に走っていく。中継所だけ
F1レースのピットインのように引き込み線形状となっている。

ほどなくピンクのシャツがすうっと近づいてくる。まりぼーだ。最初から結構飛ばしている。このペースでいけたら凄い。「まりぼーファイト〜ッ!」。写真を撮りながら叫ぶ。まりぼーは手を大きく振って元気良く飛び出して行った。このまま元気良く帰ってきて欲しい。距離は
3キロだ。あのスピードを維持できれば15分で帰還する。そう読んで、帰りを待つ。しばらくぶらぶらし13分経った頃、中継所への迂回路入り口でまりぼーを待つ。14分が過ぎた辺りでピンクシャツが帰ってきた。いいスピードだ。ほどなく迂回路に入ってくる。20メートルほど並走して励ましたが、まりぼーは初速とほぼ変わらぬ元気いいランをしていた。小さな背中を見送り、アンカーのアキさんの激励のため、スタンド席の前をカメラを持って走り抜けて反対側へ。

アキさんが現れた。結構気合いが入っている。真剣な眼差しが格好いい。大勢の観客の中をアキさんはぶっ飛ばして出て行った。最後の
5キロだ。頑張って欲しい。
まずはSチームのゴンちゃんが帰還。いつもどおり颯爽としたフォームだ。あっという間にゴール方向へと消えていく。しばらくして、遠くのほうにピンクのシャツが見える。アキさんが帰ってきた。最後の応援を送る。「アキさん、最後まで!最後まで!」。アキさんがゴール方向に吸い込まれていくのを確認し、走り屋の幟のもとへと皆で戻る。少ししてアキさんが戻ってくる。「おつかれさま〜っ!」「おつかれ〜!」。走り屋の駅伝が無事終わった。襷が全員の目の前に戻ってきた。鮮やかな赤色の襷は、4人の汗に濡れて重く、深紅色に変わっていた。
EKIDENカーニバル2002〜アフター編〜につづく)

EKIDENカーニバル2002〜アフター編〜

まずは幟の下で乾杯。見たことのないビールの差し入れがあった。聞けば、100円ショップ?で買える発泡酒とか。「かんぱ〜い!」皆、ごくごくと飲む。「これがうまいんだあ〜」「これがあるから、やめらんないんだよなあ」。皆そろって毎回同じことを言っているのには結構笑える。そして、銘柄に関しての情報交換。「これ、結構いけますねえ」「××もうまいですよねえ」。皆、ホントに好きなのである。

しばし休息をとり、いざ赤羽商店街の場末の店を目指す。
15分ほど歩いたところにその中華料理店はあった。到着直前に、まりぼーの持つ紙袋の底が破れていることを同じ方向に歩く「ラン後の歩行者」が発見、教えてくれる。まりぼーはすぐさま中身を確認。そうこうしているうちに、お店に着いてしまう。皆、着席し乾杯を待つが、まりぼーが血相を変えて袋を探っている。(ガサガサ、ゴソゴソ)。「どうしたの?」「問題集落としちゃったかも…」。まりぼーは教員採用試験を直前に控えている。

駅伝にまで問題集を持参するとは、気合いが違う。ここにきて愛用の問題集を逸することは死活問題なのだろう。私も浪人時代があった。気合いを入れて使い込んだ参考書や問題集は、汗と涙の結晶だった。新しいものを買いなおせばいいというものではないことは百も承知だ。まりぼーは、すぐさま今来た道を引き帰した。大先輩教員のケンチさんが、そのあとを追う。美しい師弟愛を垣間見た。ほどなく二人は戻ってきた。ブツは落ちてなかったようだ。まりぼーが袋を再確認する。「ありましたあ!」。問題集があったようだ。ひとまず全員「ほっ!」とする。大切なものだから慌てて探して飛び出しちゃったんだろう。でも良かった。これでまりぼーは安心して勉強ができるはず。その前に安心してカンパイだ。「かんぱ〜い!」。

中華をつまみながらの瓶ビール。「やっぱ、ホンモノのビールはうまい」との声が…。すでにレース後の発泡酒は過去の遺産と化している。走り屋レーサーたちは今を生きる人間集団なのだ。「うまいなあ」の大合唱。人がこぞって喜ぶ姿は見ていて悪いもんじゃない。そういう自分自身も「ああ、うまい!」と思わずうなる。おでん、野菜炒め、餃子と、皆で箸をつっつき合い、楽しい一時を過ごした。走り屋は、いつしか酔走楽部(パクりました)となっていた。いつの間にやら、まりぼーはウリボーと呼ばれ、アキさんは親イノシシということになった。「ウリボーがんばれよ」。「
One of 酔っ払いず」から激励の言葉。励ましはさておき、ウリボーと呼ばれたことに頬をふくらますまりぼー。反応されると余計に面白くなっちゃうのは小学生も大人もいっしょだ。時すでに遅し。ウリボーという愛称はまたたく間に浸透してしまった。

赤羽駅まで皆で歩いた。アキさん、ケンチさん、タイガさん、店長、私で上野方面の電車を見送った。車窓越しにホームから見た車内の光景にブーイングがたった。「あれ、なんでゴンちゃんがウリボーと二人で座ってんだ」「ほんとだ。なんだよ、あれ」。見ると、かんさんがゴンちゃん一家と並んで座っており、ゴンちゃん自身は向かい側でまりぼーと2ショットだ。「あれじゃ、どう見てもかんさんがパパだよなあ」。皆で笑いまくってしまった。走り屋は、なにかと笑いが絶えないので、本当に楽しい。
私たちもまっすぐ家路に着いた…はずだったが、結局タイガさんと私は草加の走り屋総本店(本社ビル)で乾杯をしてしまったのでした。
楽しかった駅伝。また出ることができたらいいなあと思う。おわり。