イノさんのレース完走記その1 
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スポニチ東日本前沢フマラソン30km  2002年11月3日
上野駅で待ち合わせ、11時に新幹線で北上に出発。今回は前沢で30キロ。ホノルルの調整を兼ねて申し込んだ。本当は諏訪湖に出る予定だったんだけど、申込期限が過ぎてしまっていたので、先週の大井川ハーフと併せて調整レースとした。近場でも良かったんだけど、せっかく週末遊びに行くんだから、なにしろ遠くまで行って見よう、でもコストは少なくしたかったので、「驚値」という旅のプランを使った。

新幹線の中で北上到着後何をするか、打ち合わせをした後に気が付いたんだけど、「しまった、一ノ関の方が前沢に近かった!」という事が判明。でもまあいいやって思って、そのまま北上に直行。3時間経って、新幹線は北上に到着した。

学生時代、北海道に行くときにはいつも新幹線を使っていたので、北上付近は結構大きいビルも多く、東北沿線の中では盛岡・仙台に次いで栄えているんだろう、って思ってここを拠点にしたんだけど、着いてみてびっくり。何にも無いではないか!ビルといっても大きなホテルとデパート2つだけ。あとは小さな店ばかり。一ノ関の方がこれだったらまだましだったかも、って思いながらも、2人で花巻駅に向かった。

埼玉がそんなにまだ寒くなかったので、こっちもたぶん埼玉の寒さに毛が生えたんだろう、って鷹をくくっていたらしっぺ返しを食らった。何と気温は1℃。しかもみぞれが降っている!寒さでどうすることも出来なかったので、上着を調達した。

花巻から帰ってきて午後6時。この季節、夕暮れが店じまいと共にやってくる。レンタカーを使って早速山奥に向かい、温泉に入る。山道に向かうと、路肩、地面という様に徐々に雪が道路を覆ってくる。着いたところは「ほっと湯田駅」前の県道をまっすぐ向かったバスの終点。雪がこんこんと降る中、温泉につかり、駅前の商工会館で600円クラスとは思えないほどうまい山菜定食を食べた。

このプラン結構おすすめだね。11時出発なので部屋の片づけしてから出られる。

次の日、7時に出発して前沢に向かう。新幹線の駅2駅分だから結構時間がかかるだろうと予想していたんだけど、30分くらいで着いてしまった。お腹がすいていたので、地元の食堂のじいちゃんに頼んで玉子丼の朝食。でもビジネスホテルの味気ないバイキングよりはましだったね。

このレースはまず、市内を5キロほど走って、後に内陸の方に向かう。折り返して市街地のゴールに帰ってくる。僕が申し込んだのは30キロ。連れは3時間制限があるといい、ハーフを申し込んだ。この日も死ぬほど寒く、朝の気温は7℃だった。念入りにアップをかけて、ストレッチ。スタート直前まで体を動かしていて、いよいよ10時号砲!

今回の目標は2時間50分(30キロ)。可能ならば2時間30分に持ってゆくが、そこまで無理はしないで後に取っておこうと思う。例によって時計を持っていなかったので、数キロ走っては隣の人に聞こうと考えていた。

日差しが良く、市街地ではそんなに寒さを感じていなかった。3キロ16分半。まあまあだなあ、と思っていた。4キロの地点でハーフを走っている連れがエイドステーションで水を飲んでいるのを見つけた。「おまえ、俺よりはええじゃん」ハーフと30キロは同時にスタートする。市街地を出て丘の方にのぼってゆくと、向かい風がびゅうびゅうと吹いてきて、なかなか加速できない。先週の大井川でも同じアクシデントに見舞われたので、今回はこの教訓を活かし、人の間に入って、なるべく無理をしないで軽く流そうと考えた。

僕はいつも心臓の鼓動と呼吸、体調と相談しながら走っているので、誰かの後をぴったりつけて走り、その人のペースが自分に合ってたらそのままついていくことにしている。今回もいい感じで走っている女性がいたので、その後を追いかけていた。しかし、8キロ付近、その女性が道をあけてくれたおかげで、今度はひとり旅が始まった。と思ったらその女性、一気にスピードアップして、どんどん先に行ってしまった。しかたなく僕は近くにいるおじいさんと一緒に並んで走った。このおじいさん、いろんな人に「こんにちは」と声をかけられる。学校の校長かな?と思っていたら、話しかけてきた。「いいペースで走っていますね、どこから来たんですか?」このおじいさん、ホノルルマラソンに出たこともあるという。前沢をホノルル前調整に選んだのはちょうどいいと行ってくれた。

しゃべりながら走るのは結構つらいが、行きが乱れないようにしていたので、大丈夫だった。併走してずっとペースを保ち、丘を緩やかにのぼってゆく。途中でハーフは折り返し。(あそうだ、連れは4キロの給水所のあと、一度も会っていない)30キロはそのまま前進する。おじいさん「しかしあんたはすごいパワーだね」確かにこの体格が走っていたらブルドーザーと言われても過言ではないかも。

ちなみに、このレース、5キロごとにエイドステーションがあり、スポーツドリンク、バナナとレモンがある。フルを走ったときの教訓から、10キロ、15キロの時点でバナナを数個食べた。お腹はそれでもすいていた。

そんなこんなで17キロすぎて折り返し点。やっと追い風だと思ったら、風がぴたりと止んでいるではないか!ああ、何と不運。こうなったら下り坂をうまく使って走るしかない!20キロを1時間50分で走っていたがおじいさんが「先に行っていいよ。わしはちょっと調子が悪いのでペースを落とす。」と減速してしまった。残り10キロ。ここからがこのシューズの見せ場。(“ジェットブーツ”と勝手に呼んでいるけど:このブーツ履いてから最高速を次々に塗り替えるわ、足の負荷がなくなるわ、加速してもばてないわ、はやいはやい、いいことずくめ。この間の河口湖の時も、周りをバンバン抜きまくっていったからね)一気にエンジンをかけて、高速状態にする。あの前を行った女の子はあれーまだ見えないなーと思いながらも、次々に他の人を抜き去ってゆく。給水所では減速するも、その他は特にペースを下げるようなことはしない。26キロで脇腹が痛くなってきたので、ちょっと加速しすぎたな、と減速するも、その後は高速状態に再び戻す。

丘を下って、残り1キロ。実は“ジェットブーツ”をつけてからもう1つ、残り500メートルを全速力で走れることがわかっていた(ただし今はハーフの時しかやっていない)ので、「残り0.5キロ」の表示がでた時点で更にペースを上げる。最後の1人を抜き去ってゴール前に飛び込んだとき、もう誰も前にはいなかった。歓声がわきおこる。

ゴールタイムがゲートの所に見えたとき、「2時間37分だあ?」一瞬自分の目を疑った。しかも最後の10キロは47分で走っていたことになる。とんでもないペース。来年までにフルの3時間56分到着はいけるかな?驚きを隠せなかった。しかし寒い!ゴールに飛び込んだ後、一気にペースを下げると心臓がとまらず、高血圧状態になるので、徐々にペースを落とした。歩けるようになった後、寒くていられなかったので、救護室に駆け込み、ストーブの前で毛布にくるまった。ちっちゃい子がポカリと甘酒を持ってきてくれたが僕の姿を見て、「お地蔵さん」。旅の恥はかきすてというのは、こういうのを言うんだろうか。

体が温まってきたので、体育館にて連れを探す。たくさんの人がストーブに暖まっているせいか、この体育館は暖かい。合流後、着替えて牛丼を食べる。吉野屋とは雲泥の差。それとも単に腹が減っていたからうまかったのかも。ほーっとため息を付いて付近を見てみると、あの女の子がいるではないか!話を聞いてみたところ、「私、後半型ですから」確かに2時間29分は納得。「じゃね」「お疲れさまです」来年も会えたらいいね。これで僕の課題がまた1つ増えた。

レース終了後、当たらない抽選会に別れを告げて、夏油温泉(また山奥)に向かう。前沢牛はどこも混んでいたので諦め、どこかで適当に食べようとする。山奥に向かうにつれて道幅が狭くなり、雪も降る中、ずっと山奥の道を行き、午後4時、ようやく山道の終点に着いた。氷点下1℃。しかし、受付で「お湯がぬるい」と言われたので、諦め、下山途中の温泉に入った。

紅葉の合間に見える空が黄昏に変化し、暗くなる中午後6時、車は北上に着き、やっとレンタカーを返した。駅前デパートで食べた定食は東京の値段の3分の2だったが、量はすごかった。でも今の我々は何を食べてもぺろりと平らげる。午後7時の列車で、仙台乗り換えで東京への帰途についた。俺が紹介したあの牛タンはうまかったのかなあ?