Sugaさんのレース完走記その1 
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第58回富士登山競争完走記   2005年7月22日
05年の富士登山競走はみなさまのおかげで何とか完走することができました。ひとまず完走記なるものを久々に書いてみましたので、駄文ですがお付き合いくだされば幸いです…

04年7月23日 屈辱の夏の日…
頭が割れる様に痛い。朦朧とする意識で見上げると、目指すべき霊峰は『お前なんぞに登らせてたまるか』と笑っているようだった。自分の周りにはあきらめずに挑戦し続けるランナーがいる中、完全に戦意を喪失しトボトボと下山道に向かった。下山するにつれて高山病の症状は薄らいできたが、それと同時に『なんでもう少しがんばれなかったのだろうか』という後悔が沸いてきた。『高山病になったのだから仕方がない。本来なら十分いけたはずだ。』と自分を慰めてみるものの、なんとも情けない。レース終了後の爽快感も全く感じることができず、完走した仲間が眩しく見え、『取り残されってしまったなー』という気持ちでいっぱいであった。その時は『来年こそは』というより『もう出ても完走できない』『これ以上恥をかきたくない』という気持ちであった。
思えば富士の前哨戦で出た『北丹沢山岳耐久レース』でもスタートから飛ばしすぎて最初の峠越えの途中で足が攣ってしまうという大失態を演じたり、富士登山競走の10日目にわぐさん・うっちー・アキさん・Fumiちゃんと行った現地試走でも、七合目で高山病を発症していたりと、本番での惨敗すべく兆候ははっきりと現れていた。にもかかわらず、何の対策もせずに『何とかなるだろう』と当日を迎えてしまった自分の甘さがとても恨めしかった。

そもそも富士登山競走とは…
知られているようで実はあまり知られていない富士登山競走について少し解説すると、富士山には登山道がいくつかあるが、このレースでは山梨県側の吉田口登山道を使用する。8月にTV中継している富士登山駅伝とよく間違えられるが、あちらは静岡県側の御殿場口登山道を使用する駅伝競技である。また、一般の方々が言う『富士登山』とは五合目(標高約2,304m)までは車で移動し、そこから山頂までの標高差約1,400mを、休憩を含めて7〜8時間で登ることを指す。当然、富士登山競走はそれと違い、街中の富士吉田市役所(標高770m)から吉田口登山道を経由し山頂(3,730m)までの高低差約3,000mのロード、オフロード、砂礫と岩場の登山道をひたすら駆け上がるレースだ。制限時間は4時間30分。これに間に合わなければたとえ山頂に到達しても完走とはみなされない。もともと体力に自身のある者のみがエントリーしているにもかかわらず、毎年完走率が40%程度であることからもこのレースが単なるトレイルレースでないことがおわかりいただけるかと思う。誰かが言っていたが、フルのサブスリー・100kmのサブテンといった実績はこのレースでは意味をなさない。だからこそ市民ランナーのグランドスラムのひとつににもなっているのであろう。

よしっ、エントリーしよう!
正直な話、今年になっても出場しようかどうか迷っていた。そうこうしているうち4月になり、初100kmとして『チャレンジ富士五湖』に出場した。走っている間、ずっと富士山を眺めていたら、だんだんと富士山に親近感を感じてしまい『また挑戦しようかな』という気持ちになってきた。このレースではサブテンを達成することができ、ゴール後に気持ちが高揚してしまったのか『今度も出てリベンジするぞ!』とエントリーを決めた。
出場するにはきっちりと昨年の借りを返さなければならない。同じ轍を踏まないために何をすべきかを明確にすることから始まり、今年の課題を『いかにして高山病を克服するのか?』とし、それに対応した練習を行なった。

事前練習
高山病克服方法として一番効果があるのは、高度に慣れること。日本でそれができるのは富士山しかないことから、今年は可能な限り現地でのトレーニングをしようと決めた。
そして山開き前の6月26日に、まりおさんに紹介していただき富士登山練習会(R誌9月号に掲載された伏○氏が企画・詳しくはランナーズ9月号を参照)に参加した。この時は馬返しから山頂までが試走メニューであった。高山病の症状は出なかったものの、八合目以降に粘ることができず立ち止まってしまい、自分のレベルが低いことを実感した。実際この時になまじ良い結果でなかったことが、最後まで謙虚な気持ちを保てたことにつながったのかもしれない。
大会当月に入り、まずは7月3日に行なわれた『北丹沢12時間山岳耐久レース』に出場。昨年の反省を活かし、スタートゆっくりと入ったことが良かったのか、昨年の記録から約2時間短縮の6時間2分という、本人もびっくりするタイムでフィニッシュすることができた。タイムもさることながら登り坂で立ち止まることなく粘れたことは当日に向けて大きな自信になった。
その4日後の7月7日には五合目直行バスを利用して、単独で五合目から山頂まで往復した。このときは五合目からスタートしたこともあり、佐藤小屋から山頂まで1時間52分で登頂することができた。ついでにお鉢めぐり(頂上を一周すること)し、大沢崩れを上から眺めたり、日本最高地点の剣が峰3,776mを極めることもできた。
続いて7月11日にアキさんにお付き合いいただき、富士吉田市役所から山頂まで、つまり当日の全コースを試走した。中の茶屋から馬返し、八合目以降の津図ら折途中2箇所ほどきつい箇所があったが4時間18分で山頂にたどり着くことができた。やはり部分的に走った時と比較して、全コースを通して走るとかなりきついことがわかったのは当日に向けて貴重な経験となった。
普段の練習では、6月から入会したスポーツクラブにある、斜度50%まで可能なトレッドミルを連続50分間やったり、積極的に筋トレをするなど山道にも絶えられるよう筋力アップにも取り組んだ。また、ナポ店長にアドバイスいただき、『エキストラ・ビタミン&ミネラル』などのサプリメントも取り入れた。それと昨年は禁酒までして臨んだにもかかわらずに結果が付いてこなかったので、今年は飲みたい時に飲むことでストレスを貯めないようにした。実際にレース前日も飲んだが特に影響は無かった。また11日の試走以降は練習量を落とし休養に努めた。
 
さて、前日からレース直前
前日は職場の協力もいただき17時過ぎに勤務終了しそそくさ職場を後にする。新宿から高速バスに乗り河口湖へと向かった。隣に乗り合わせた年配の男性もゲルフジを履いていたので声を掛けると、五合目コースの参加者であった。群馬から来られた方で、以前は山頂コースにも参加していて完走経験もあるとのこと。楽しく会話をしていたらあっという間に河口湖駅に着いた。迎えに来ていただいた『休み屋店長』と合流。11日に引き続きお世話になってしまった。実は休み屋店長はこの時点では自分が出場することを私以外には表明していなかった。相変わらずお茶目な方だ。ホテルそばのロー○ンで買出しし、軽く乾杯して翌日の健闘を誓い合った。その後風呂に入り就寝。興奮していたが適度なアルコールも手伝い、ほどなく眠りに入る。2:00ごろに目を覚ました時に窓の外に富士山頂に向かう夜間登山の一筋の光が見えた。その空気を共有したかったので窓を開けてからもう一度休んだ。
 翌朝は予定通り5:00に起床。昨年と比較すると余裕を持って当日を迎えられたようだ。支度を整えいざ出発。会場まで休み屋店長に送っていただき受付を済ます。地元の女子高生が受付をしてくれているのだが、対応がきびきびとしていて気持ち良い。受付を済ませ会場でストレッチなどをしているうちに、まりおさん、やまちゃん、ブンコさん、そして練習会で一緒にだったメンバー達と合流し、お互いの健闘を誓い合った。また前日から当日の朝にかけて走り屋のメンバーからたくさんの激励のメール、お電話をいただいた。こういうときはチームに入って本当に良かったと思う。
さて、当日の私の服装は、ロングシャツ&走り屋ランシャツにロングタイツ、足元はゲルフジで帽子とサングラスを着用。ウエストポーチにはパ○ーバー、パワー○ェル、フリ○クのケースに入れた岩塩、粉末状態のメダ○スト、携帯電話、エビ○ン350mlボトル(中身はメダ○スト)。周りを見るとほとんどがランパン・ランシャツ。ちょっと悩んだがレース後半のことを考え、自分の選択を信じた。(結果としてそれが吉と出たのは今後の自信につながった。)
 さて、いよいよである。このレースに参加した方はご存知だと思うが、スタートは市役所の前の狭い道。したがってスタートでの位置取りはとても重要となる。できるだけ良いポジションを確保したいので、40分前にはスタート地点に移動した。招請時間の少し前からいきなりランナーが並び始めた。早めに動いたのが良かったのか、まりおさんと練習会メンバーと一緒に先頭から10メートルくらいのそこそこのポジションを確保することができたが、それ以外のメンバーとははぐれてしまった。そんな状態の中、車やバイクが通行したり、何かものすごい状況であった。この40分間、ほとんど身動きが取れない状態であったのには閉口した。加えて市役所の広場、つまりスタートラインの脇にランナーがたくさんいることも気になった。「まさか、割り込みするのでは…?」そしていよいよスタート!

レーススタート(スタート〜馬返し)
号砲とともに飛び出す…いや飛び出せない。予想通り市役所の中から出てきたランナーがコースに侵入してきた。(後でわかったことだが、信じられないことに大会運営としては、今回はこの行為を容認していたそうだ。)ただでさえ狭い道がスタート計測マットで狭くなっているのに、そこに脇からランナーが割り込む。しかし後ろはそんなこと知らないからスタートしたので後ろから押してくる。まさに修羅場。危うく倒れそうになるが何とか耐えスタートラインを越えることができたが、我々の後ろでは転倒者が発生したようだ。レース途中、後続から順位を上げてくるランナーの中に背中のゼッケンが外れて方が多数いたが、このときの影響であろう。自分自身も背中のゼッケンが1箇所外れていたことに後で気が付いた。今までのレースで一番危険を感じたスタートだった。
そんなスタートで興奮していたのか、スタート後もなかなか地に足が着いていないような、どうにも落ち着かない気分であった。このレースで唯一の500メートルほどの平坦な道を走ると、あとはゴールまでひたすら登るのみ。スタートが7:30という早朝にもかかわらず、富士吉田の街中ではたくさんの方が応援してくださり、何か力を授かったような気がした。1km位走るとようやく落ち着きを取り戻して、自分のペースをチェックする余裕も出てきた。駅前の大鳥居では試走より20秒早い。スタートでのアクシデント、装備を考慮するとまずまず予定通りのタイムである。真正面に富士山の頂を見ながら『あと4時間でそこに行くゾ』ッ!と自分に気合を入れた。
街中を通り抜け、浅間神社を通り過ぎたころはすでに大汗をかいていた。当日は晴天であり、ただでさえ汗かきの癖にロングシャツ・ロングタイツだったので当然である。後半の高山地帯での気温や、山道での足のケアを重視しての選択であったので、序盤の暑さは想定していたがやはりきつい。ここが耐え時と思って流れに遅れないように腕を振った。そうこうしているうちに最初の給水ポイントである中の茶屋に着く。試走より2分早い。ちょうどいい感じだ。ペットボトルに水を補給してもらい、給水もしっかりと取ることができた。
ここから馬返しまでもロードを走るのであるが、ここまではアスファルトで路面状態も良いのだが、これ以降はコンクリートの古い道で、路面は固く、ところどころに段差もある。しかも徐々に傾斜が増してくるのだが、ここでは走り通さないと完走が厳しくなると言われている結構厳しいポイントである。当然ながら私もここが苦手だ。まれに飛ばしていくランナーもいたが、まだ無理をする場所ではないので自分の呼吸を確認しながら一歩一歩踏みしめるように走る。森林地帯に入ると同じような景色が連続するので精神的にきつくなるところだ。今回は試走のタイムを元に自分が今どの辺にいるのかわかっていたので、精神的に助かったが、試走していないランナーにはきつかったであろう。ようやくたどり着いた馬返しでは、チェックポイントの直前に給水所があり、給水と補充をしっかりと取っていたら通過タイムが1時間00分16秒と1時間を越えてしまった。まあ、しょうがないか…。

山道にて(馬返し〜五合目)
馬返しからは山道に入る。傾斜がきつくなり足元も悪くなるのでランナーは皆歩きに切り替える。(トップグループはそんなことないんだろうなー。一度、応援者として見てみたい気もする。)ただしちょっとでも余裕があればそこはランナーだから走る。するとつられて周りのランナーも走り出す。そんなかけひきがいたるところで見られる。自分自身も「先は長いので無理するところではない」と言い聞かせながらも、馬返しまでそこそこのペースで来たのでこの位置はキープしておきたいという気持ちがあるので走れるところは走った。そんなことで一合目辺りまでで呼吸を整えたかったが、なかなかうまくいかなかった。まあ、レース当日なのでこんなものだと思ってそのままのペースを維持した。コースがわかっていたので、場面によって積極的あるいは楽なコース取りをすることができ、徐々にではあるが順位も上げることができた。昨年は全くできなかった周りの景色を見る余裕も持てた。
二合五尺の給水所ではバナナを2本、給水もバッチリ取ることができた。三合目を過ぎた頃に右ふくらはぎに嫌な感じがした。こんなところで攣ってしまったら大変である。右だけでなく左右の足全体に気を遣い、腹筋背筋も使うように意識しながら登る。
まもなく五合目というところで、試走のときに知り合ったランナーに追いつく。実は当日の朝に再会しており、2時間50分(参考までに今年の優勝タイムは2時間49分)が目標と語っていた招待ランナーだったのだが、様子がおかしい。山道に入ってから足が痙攣してしまったようで、五合目でリタイヤするとのこと。岩塩を少し渡して先行する。これだから富士登山競走はわからない。いくら強くて練習していても、当日のちょっとしたコンディションの違いで完走できないこともあることを改めて認識した。最後に時間内で山頂に立つことが重要あり、途中で無理をする必要が無いことを言い聞かせた。舗装道路に出た。上から応援の声が聞こえる。さあ、もうすぐ五合目だ!

めざす山頂が見えた(五合目から本八合目)
それまで山道だったので応援が無かった分、五合目の佐藤小屋での応援は心強く感じる。第2チェックポイント通過タイムは1時間52分54秒。昨年より10分早い。2時間を大きく切ることができた。これから苦手な部分を残しているとはいえ、「トラブルさえなければ完走できる」という実感を持った。しかし去年も同じことを思ったが結果として完走できなかったこともあるので、あくまでも謙虚な気持ちを忘れないよう気を引き締め直す。
パン・バナナ塩・水分を補給し、軽くストレッチを行ってリスタート。しばらくは人一人が通行できるほどの道幅の狭いブッシュの中を進む。途中で足が痙攣しているランナーがいたので岩塩を分け、山頂で会うことを誓い合った(実際に山頂ではわからなかったが…)。仲間意識が生まれたようでなんとなくいい気分だ。
もうすぐ六合目というところで森林限界を超え視界が開け、山頂まで見渡せるようになる。これからが富士登山競走本番だ。はるか上の七合目辺りにランナーが見える。トップはそのまたはるか上にいるのであろう。とんでもない○態たちだ。ここから七合目の山小屋までは九十九折の砂礫道を自分の足元を見ながらひたすら登ることになる。ときどき振り返るとはるかかなたに富士吉田の町並みと河口湖や山中湖が見える。あそこから2時間チョットでここまでたどり着いたことに少し感激を覚える。が、前方に目をやるといつのまにか手前の本八合目に隠れて山頂が見えなくなっていた。まず第3チェックポイントの本八合目を越えなくてはならない。
七合目に入る直前に突然岩場が現れ、八合目過ぎまで岩場が連続する。自分としては一歩踏みしめるたびに下がってしまう砂礫の道より、多少傾斜があっても岩場の方が好きである。両足だけでなく両手を使って登るとだんだんと楽しくなってきた。このとき、わぐさんからお借りしたグローブを使わせていただいた。走り屋カラーのグローブは今年は出られなかったわぐさんの代わりにレースに貢献してくれた。
七合目に入って自分より先にいると思っていたやまちゃんを後方に発見。今回は山の練習はしていないと言っていたが、さすがにいいペースで登っている。八合目で追いつかれる。『一緒にサブ4行こう!』言われたが、ちょうど苦手な砂礫道だったので、残念ながらやまちゃんのペースについていくことができなかった。(やまちゃんはしっかりと4時間切りを果たしていた。さすがだ…)
登山道の何合目というのは実にアバウトで、吉田口の5合目は2,304mだが御殿場口の新五合目は1,440mだ。一口に何合目と言っても、上から下までの高低差はかなりあり、特に吉田口の八合目は入ってからかなり登らないとチェックポイントがある本八合目までたどり着かない。それを知らないと、『八合目に入ったからもう少しだ。』と思ったが、なかなか着かないので精神的にまいってしまうそうだ。レース後半で少なからず高山病の影響も受けて体力的に厳しくなってきている時に、精神的にダメージを受けると最後のひとふんばりが効かなくなる。今後参加予定の方は知っていた方が良いだろう。
本八合目手前から砂礫道が始まると、予想していたが動きが緩慢になる。もともとここは苦手なところだったので無理せずに回復期として呼吸を整えながら登った。山小屋で500円のCCレ○ンを購入し、のど越しを楽しみ、パ○ーバーで栄養補給を済ましラストに備えた。

山の頂にて(本八合目〜山頂)
ようやくたどりついた第3チェックポイントの本八合目。通過タイムは3時間31分00秒。見上げるとあとは山頂しかない。ここまで来たらあとはゴールするのみ。だらだら登るとレースの価値が下がってしまうので、ここでようやく目標時間を設定した。試走の実績と今の体力では4時間切りは到底不可能なので、4時間5分を目標とした。相変わらず苦手な砂礫道が続く。足元を見つめひたすら登る。
九合目の鳥居を通過し、後もう少しでフィニッシュ。そのとき不思議な感情が湧いてきた。『この感覚はチョット前にあったぞ。』と思い出すと…。一部の方は知っていると思うが、私はSTARWARSの大ファンで、この夏はその完結(正確には過去のシリーズへの橋渡しが完了し、全ストーリーがつながるのだが)作品EPISODEVが上映されている。ラスト近くに主人公同士が戦う一番の見せ場があるのだが、その時に映像を楽しんでいる自分と別に『これでSTRAWARSが終ってしまう…』という一抹の寂しさを感じている自分がいた。旧シリーズから常に次回の公開作品を楽しみにし続けていたのだが、これからはそれがないのかと思うと祭りの後の寂しさのようなものを感じた。それと同じ感情である。昨年の惨敗からすぐに再挑戦を決められなかったものの、この1年間ランナーとして富士登山競走を意識しなかった時は無く、春からは完走を目標に体質改善まで取り組んだ。ここまで入れ込んだレースはいままでなかったので、それが終ってしまうことに対する寂しさが沸きあがったのだろうか?そういう気持ちになるまで努力できたことにちょっと誇りを感じながら、でもフィニッシュするまでは気を抜かないように思う直し、山頂を目指す。砂礫道が終わり後は岩場のみ。上を見るとランナーがつながっている。何人かは抜けそうだ。なんとか自分で決めた目標を達成しようと気合を入れ鳥居の手前の直線を走った。一人、二人そして4人抜きカーブを曲がってフィニッシュラインへ。ついに完走!4時間4分50秒。リベンジ達成。
給水をして先にフィニッシュしているはずのやまちゃんを探すが見つからないので、先に下ったと勝手に解釈し、(実際には具合が悪くて山小屋の中で寝ていたとのこと。気付かなくてごめんなさい。)これから入ってくるランナーを迎えに行く。上から見るとみんな必死の表情だ。数分前までは自分もああだったのかと思った。練習会メンバー達、NHKの気象解説者の平○さん、そしてまりおさんも元気にフィニッシュ!しかし12時の時報とともに最後のランナーが飛び込むと、その瞬間にゲートにバーが下ろされた。無情であるがそれ以降のランナーは完走者でなくなってしまった。その後わずか数分でブンコさんが到着した。疲労はしているものの早速来年の挑戦を宣言するところが素晴らしい。(その後に山頂でビールを飲んでいたのも素晴らしい!)
下山しながらこの数ヶ月のことを振り返る。今までこれほどひとつのレースに集中して取り組んだことはなかった。最初は『リベンジしたらもう止めよう。』と思っていたが、『来年もここを走ってみたいな。』と思っている自分が不思議だ。この大会に出場することでたくさんの方と出会えた。また挑戦するという気持ちを持ち続けられた。これらを貴重な経験として今後に活かしていきたいと思う。山を下る頃走り屋のメンバーからお祝いのメール・お電話を多数いただく。自分のことのように喜んでくださるみなさんに感謝!これだから走り屋はやめられない。

以上で完走記を終了します。駄文にお付き合いいただきありがとうございました。
みなさんのおかげでなんとかグランドスラムに大手をかけることができました。残るのは一番の難関フルでのサブスリー。今年のつくばで狙えるようにがんばります。これからもどうぞよろしくお願いします。