なおはんさんのレース完走記その1 
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東京国際女子記念市民マラソン完走記  2003年11月16日

平成15年11月16日この日は私にとって一生忘れられないだろう。なぜかって、走り始めて1年と11ヶ月あまりで憧れの東京都心の車道を堂々と走れたのだから。

そもそも、6月にこの大会要綱が朝日新聞に掲載された時、まさかそんなことが本当に出来るのかと目を疑ったものである。しかし、よくよく見ると本当に本選女子300人の他に制限タイムがあるものの男女合せて2700人の市民ランナーを募集していたのです。

ところが私は?というと、男子フル制限タイムの3時間15分には到底及ばず、ハーフでのネット1時間30分ジャストという制限ギリギリのタイムが一回だけあるだけだった。

受付が8月1日から20日までの20日間、8月末までに結果を通知するということだったので、99%は無理だと確信しつつも、もしかして手違いで当選するかもという得意な安直な考えで記録証のコピーと申込書を郵送した。

8月10日過ぎた頃に、ゴンさん情報で申し込みが規定の人数の半分しか達してないことを知り少しは期待したが、でもまさかそんな世の中甘くはない!
そんなこんなでついに8月末になり、一通の封書が朝日新聞社より届いた。あっ!と思い手を震わせながら封を切り中身を取り出すと、な、なんと当選通知が。。。。この時の気持は都心を走れるという喜びよりも、果たして自分が本当に時間内完走できるのかという不安の方が大きかったのは言うまでもない。

でもまだ2ヶ月半あるので、これを目標に頑張ろうという新たな気持も湧いてきたのも確かだ。
それからの2ヶ月はただひたすらに、仕事もほどほどに練習メニューに沿ってトレーニングを積んでいった。明日がその日だと前の晩から眠れないほど嫌いなスピード練習も週2回はやった。当然今でもスピード練習は嫌いだ。

本番までの大会も慎重に選んだ。(つもり?)9月にスピードを試すべく10キロ1本、10月にハーフ2本、11月は10キロ1本、ハーフ1本を入れた。この間のレースで10キロ38分台、ハーフ1時間24分台のいずれも自己ベストが出たので今回の制限タイム3時間20分はまず余程のアクシデントがない限りクリア出来るという自信は出来た。
そしていよいよ本番の日を向かえた。

この大会の為に前月10月の走行距離も自己最高の350キロを超えているし、しかも故障もなくきている。4日前からのカーボローディングもある程度できたし、前日の睡眠もしっかりとれ体調に不安はない。昨日の練習も20分ジョグ+2キロ(8分20秒)のペース走+15分ジョグで軽く締めたので疲労感もまったくない。

とにかく今回は完走が目的なので一応3時間10分をゴールの目安にしてキロ毎のタイム設定をした。1キロ4分30秒の5キロ22分30秒。

スタートは12時25分だ。走り屋の出場メンバーと千駄ヶ谷駅に9時45分に待ち合わせ、揃って憧れの国立霞ヶ丘競技場へ向かった。この競技場スタンドは数年前の姪っ子のインカレ応援以来だ。不思議なもので一人とは違い仲間と色々話をしている内にあれほど悩んだ色々な不安がすっかり頭の中から消えていた。やはり、仲間は良いものだと改めて実感する。

スタート1時間前になったので、皆さん三々五々それぞれアップに行く。私も競技場のコンコースを使って2キロ程のジョグとストレッチをやった。その時、大会参加の知り合いの女性に会いお互いの健闘を称えあった。やはり、いつもの大会とは一味も二味も違い緊張感もあるが「よぉっしゃあ〜!完走するぞぉ〜!」という強い気持も湧いてくる。

アップを終え着替えをしていると急にスタンドに拍手が沸いた。おっ!高橋尚子がグラウンドでアップを始めたのだ。そう、この大会は彼女がアテネオリンピック出場権を賭けた注目の大会でもあるのだ。

スタート30分前になり絵画舘前の集合場所に仲間と移動するが、なにせ私のゼッケンはケツから24番目の3946番、ゴロ合せでいけばサンキュ〜、ヨロシク〜だよね!まさにフル2度目の私にはピッタリの番号である!
他の走り屋のメンバーは2000番台で私とは場所が全く離れている。これはもう実力の違いだからしょうがない。(シュン!)所定場所に並んでいるとY掲示板の仲間が私を見つけてくれスタート前の写真を撮ってくれた。なぜか嬉しくて妙に晴れがましい。
しかし、どうでもいいけど、なんだ〜この暑さは!結果的にその日の天候はフェーン現象だったらしく24度と11月中旬にしては信じられない気温だったし風もあった。

まず、12時10分に女子のスタートが切られた。我々の場所からは本選女子選手のスタートは見られないが市民マラソン女子は見ることができる。こちらにも、かつての名ランナー谷川真理さん、浅井えりこさんが出場してるはずだ。おっ!いた〜〜っ!一応小さく声援を送った。

女子のスタート15分後が男子のスタートだ。男女共ゴールの到着制限時間は同じなので、必然的に女子は3時間35分と少し緩いがでもこの暑さではきびしいな〜〜!とか考えてたらスタート位置への移動が始まった。私の場合当然ながらスタートラインからどんどん後ろへ後ろへと追いやられる。スタート1分前になってもまだ先頭はスタートラインに到着していないらしい。
やっと、時間ぎりぎりに並び終えすぐのスタートとなったが何故かちっとも緊張してなかった。号砲に合せ時計をセット?したつもりだったのに、ロスタイムを確認しようと見ると、ん?ありゃ!時計が動いてない?何故??ゲッ!(アセアセ。。)

ということで急遽セットし直しやっとこさスタートラインに間に合った。(ホッ!ヨカッタ!)隣の人がロスタイムが1分近くあるというのが聞こえちょっと焦ったが、さすが皆さん制限タイムをクリアしたランナーだ、こんな後ろからのスタートでもジグザグ走行をする必要もなくいいペースで進んでいる。

今回の市民マラソンは絵画舘前スタート後、1.5キロの周回コースを一周し外の一般道に出るコース設定がしてある。1キロポイントでラップを確認すると4分21秒、5キロの関門が23分だから少しづつペースを上げていけば、1分のロスタイムは十分取り返せはずだ。
一般道に出てしばらく沿道の応援の凄さに感動しながら走っていると5キロポイントに差し掛かった。おっ!21分13秒(ネット)ロスタイムの1分を考えると関門タイムまでたったの47秒だが気分的には妙に余裕があった。

でも、ここからが本当のドラマの始まりだった。少し先に給水ポイントが見え本選女子のスペシャルテーブルにはボトルが2・3本残っている。(もったいない!)
この先のゼネラルテーブルには水が。。。 んんっ?ゲッない!!
選手の塊が立ち止ってウロウロしているのに、テーブルにコップがないじゃない!どうして〜???まだ 5キロなのにもうすでに体は水を要求していた。この暑さの中で水がないということは自殺行為に等しい。
仕方なく少し待って拾ったコップにようやく1/5くらい注いでもらって飲んだと思うが??今となってはよく覚えていない。

やはりこのままでは最悪リタイアもありうると思い、7キロ付近に散らばっているスポンジを掴むと、近くのポリバケツの底に残っている水に浸し少し飲んでみた。げげっ!苦い〜〜!でもこのスポンジでも非常時には役立つかも?と、かつては横浜シティボーイと言われた私だが、この事態にそんなことは言っておれない。カッコ悪いがそのブツをパンツの後ろに挟んで 走った。確かにその後のポイントではスポンジすらなかったので、水を浸し頭と足を冷やすのには役だったが、さすがに飲む気にはなれなかったのは言うまでもない。

20キロポイントではコップがなくて手の平で受けて飲んだら、注いでくれたボランティアのおばちゃんが「可哀想にね〜」とため息をついていた。
30キロポイントでは柄杓のまま受け取り半分飲んで残りを近くの選手に渡すと「ありがと〜〜!」と感謝された。
まともにやっと安心して水が飲めたのが40キロポイントで、この時はじっくり腰を据えて目一杯注いでもらったコップを一気に飲み干した。うまかったな〜〜!
レース後にタイムを確認したのだが各給水ポイントを通過したキロ毎のラップタイムがその前後のタイムより必ず15〜20秒悪い。

今回給水では大変な思いをしたが、やはり国際マラソンである、その分の見返りも大きい。
特に沿道でのTEAM走り屋の皆さんやY掲示板のランニング仲間の「なおはんさ〜〜ん!がんばって〜!」(なぜか女性の黄色い声しか印象にないのだが??)という名前を呼んでもらっての応援は絶対完走してやるとの気持ちをいやが上でも高めてくれた。

あと、このレース参加の美奈子さん、ゴンさん、ワグさんも私の折り返し前のすれ違い際に声を掛けてくれた。(ちゃんと答えられたかしらん?)
これほどの声援を受けたレースはもう二度と経験することはないだろう。本当に感動で何度涙目になったことだろう。

レースの方は案の定30キロ過ぎから序々にペースダウンし始め、35キロ過ぎからはついにキロ5分を超えてしまった。でも脚は動かないものの別にこれといった痛みもなかったので、「絶対に歩かないぞ〜!」とだけず〜〜っと思い続けた。36キロ過ぎからのダラダラ坂はもう歩くようなスピードだったが、この辺りでも走り屋皆さんの声援(なぜか?ビールを掲げていた方が?)を受けなんとか歩かずに上りきれた。ここからの2キロはただひたすらにゴールの国立競技場を目指すだけだ。四谷三丁目の交差点を左に曲がり外苑東通りを抜けると競技場の門が迫ってきた。もう脚は棒のようになっていたがここでもまたY掲示板仲間の黄色い声が、この時はもう殆ど微笑む元気もなくただ手を上げるのが誠意一杯だったような。

競技場に入って、メインスタンド前を通過するとちょうど女子の表彰式が行われていた。
あれれっ!高橋尚子がなんで2位の表彰台に乗っているの??品川の八つ山橋の下りですれ違った時にはダントツの1位で凄いスピードで駆け下りていったのに???「だめだったのかな〜!」なんてうつろな頭にもまだ多少の思考力は残っていたようだ。

でもまだこの時点でグラウンド1周分残っている。ほんまにもうトポトポ歩くようなスピードしか出ない。するとバックスタンド前で最後の「なおはんさ〜〜ん!」の黄色い声が、この時はちゃんと反応できたかしら??(よく覚えてないゴメンナサイ!)

いよいよ待望のゴールが目の前に迫りやっとこさラインを越えた。少しだけニャッと笑み浮かべたのが自分でもわかった。時計を止めて見るとネットで3時間13分40秒の自己新だった。しかし涙はなかった。きっと体が水分不足で涙を出すことを拒否していたのだろうか!?スタンドの走り屋の集合場所に戻ると、多くの人がリタイアし関門に引っかかったとのこと。最初はなぜって?でもボケ頭にも徐々に今回のレースの過酷さが蘇えってきた。次の日の新聞で今回の完走率が40%にも満たないことを知り、市民マラソンなのにこんなことはあっていいのかと憤懣やりかたなかった。

今回のような条件の下、レースを完走出来たのは本当に沿道での皆さんの応援と、一緒に走った走り屋の仲間の励ましのおかげです。少しだけフルに対する自信もできました。次は2週間後の河口湖マラソン目指して頑張ります。(ってもう終わってるじゃん!)

時間も経っているのでだいぶ記憶も薄れています。皆さん記憶違いがあったら許してネン!
以上

                             2003年12月6日   記    なおはん