せきぽんさんのレース完走記その3   
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第16回北緯40°秋田内陸リゾートカップ100キロチャレンジマラソン完走記  2004年9月26日

[前能書き]
 今回が7度目のウルトラ挑戦となる。いつもの様に、大会に向けて、入念に下調べを行った。この大会は、リピータも多く、参加者1200人を超える人気大会の一つでもある。制限時間13時間は、サロマやえちごと同設定であるが、高低差(560m)を考えるとちょっと厳しいのかも? また、この時期、天気は今ひとつで、昨年も雨に見舞われた様である。野辺山で経験した、冷たい雨の辛さは二度と御免だ、と天気が心配だったが、心配ご無用の快晴である。

 今回も簡易カーボローディングを行った。結果、前半3日で体重4kg減、後半3日で2kg増、差し引き2kg減、と身体も効果的に絞れた。万全のトレーニングと万全の健康管理、ベストの状態で臨める。ランニング仲間に「絶好調!」と叫んできたので、それなりの結果は出したい。

 アテネ五輪の興奮が覚めやらず、野口みずき選手の快走が目に浮かぶ。彼女とおしん、どこかだぶる。ちょっとやそっとじゃへこたれない根性を感じる。彼女の根性、見習いたいもんだ。アテネと秋田は、北緯40°で同緯度、総合40位は、特別賞として表彰されることになっている。昨年、四万十川で出したタイム(9時間36分)と、前年の秋田の40位のタイム(9時間34分)を比較してみた。お、手が届きそうだ、今回の目標はこれにしよう。しかし、これは、ピンポイントであるが故、とっても難しい。運が大きく左右することは言うまでも無いが、運も実力のうち。先日、セントライト記念(競馬)で3連単を的中(83.8倍)、運の流れを感じる。
 新幹線「こまち号」に揺られて、いざ、角館へ。

[前夜祭]
 午後2時過ぎに受付会場に到着。受付を済ませ、前夜祭が始まるまで、資料を眺めたり、出店ブースを覗いたりして時間をつぶした。
東京から参加のT氏とお話しし、後夜祭のきりたんぽ鍋が美味しい旨を熱く語られ、後夜祭は欠席のつもりでいたが、心が揺れ動いていた。
 さて、4時から前夜祭開始、しかし、やっぱり、またか、という感じだ。えらい人(?)のご挨拶が長々と続き、結局、乾杯は30分後となった。ぬるいビールは、まずい。開始後、10分程度で、次々と離散していったが、こんなんでいいのか、と思った。ご挨拶中に配給されていた、そばはうまかったなぁ。
 ホテルからのお迎えのマイクロバスに乗って、宿へ。予想外に遠く、40分もかかり、明朝がちょっと心配になった。

[ホテル]
 四万十川の宿は、はずれ(芯のある米を食わされた)だったことが、頭をよぎった。そんな心配とは裏腹、食事、お風呂、従業員、すべてGood、一安心。明日は、2時半起床、3時10分発の予定である。明日の準備をし、10時ごろ就寝した。妻は、明日の縦貫鉄道の旅の予定を立てていた。20Km過ぎ、50Km手前の二箇所で待ち伏せする、との事である。
 予定通り、起床し、昨日買い込んでおいた軽食を口にして、ホテルを出発。マイクロバスは、超ターボで会場へ。30分弱で到着。

[前半戦]
 スタート前の風景=フルマラソンのレースでよく見られる、ゴール予想タイムのプラカードを持った係りの方達が等間隔で並んでいた。最前列は、クリスタルランナー(10回完走者に贈られる称号、サロマで言うサロマンブルー)、二番目が7時間〜8時間。ここに並んでいるランナーが50人ぐらいいる。これがほんとだったら、レベル高すぎ。スタート直前には、わたしの位置は、前から10列目ぐらいになっていた。このへんの位置なら、ロスもほとんど無く、スタートできるだろうと思う。

 5:00 スタートガンが放たれた。流れに乗って、ゆったりしたスタート。走りながら、今日のペース配分を計算していた。目標(運)をゲットするために、後半の落ち込みを考慮し、9時間ペースに設定。540分÷20 = 27分(5Kmのラップ)、これ以上でも以下でもだめだ。
 今回は、カーボショッツと岩塩を携帯して、走った。キロ表示は、5Kmおきなので、エネルギー補給は、時計を見ながらの感にたよらざるを得ない。

 20Km過ぎ、走り屋のよこやんさんを前方に発見、うわさどおり、麦わら帽子姿、「間違いない」と、追いつき、ご挨拶申し上げ、完走を誓って、固い握手を交わした。同じ集団にいた、女性ランナー、最後のエードで抜き去っていった方であることが、後に、判明する。
 予定通り、妻たちの応援列車組の待ち伏せ現場に到着。知り合いになった方たちを紹介され、写真を一枚撮ってもらって、再スタートした。まだ、序盤、5Km27分ペースを維持できている。

 だらだらと登りがまんべんなく続くが、さほど急坂ではない。42.2Km地点、3時間40分ぐらいだったか? このエードを過ぎたころから、一転、下り坂になった。私の記憶では、45Kmぐらいのところが最高点(大覚峠)で、コース最大の難所のはずだったが? 45Kmを過ぎても、一向に登る気配がない。おかしい...並走しているランナーに「峠は過ぎたんでしょうか?」と尋ねたところ、エードのところがそれであることがわかった。自分でも驚いたが、なんとなく得した気分になった。

 途中、順番をノートにつけて応援している少年に遭遇した。「40番」と言ってくれた。「おぉ〜〜、50Kmでゴールなら、40位ゲット濃厚じゃん」とおもいつつ、二番目の待ち伏せ地点に到着。ほぼ9時間ペースが維持できているが、右足首が痛み、後半の落ち込みは避けられそうに無い。不安をかかえつつ、後半戦へ。

[後半戦]
 何の痛みもなく、後半に入れるなど、最初から思ってもいなかった。なので、こんなもんでいいのかも、と思いながら無心で前進した。後半は、ほぼ平坦で、さほど落ち込みもなく距離を稼ぐ事ができた。途中、縦貫鉄道からの応援に手を振って答えた。後から聞いたが、私であることがわかったらしい。通り過ぎる車からの応援にも元気付けられ、とてもうれしい。

 5Km毎表示版を一歩づつクリアーしながら、エードの度に、にぎり寿司大の秋田こまちを塩たっぷり付けて口へほおばった。なんともうまい。落ちてくるランナーを一人づつ拾いながら、順位が自然に上がっていくのがわかった。80Kmを過ぎ、もう40位をゲットするには、歩くしかない。そこまでして欲しいタイトルでもないし、ベストを尽くした方がよっぽど気持ちいいだろう。そう思いながら、当初の目標は完全にあきらめた。90Kmの標識を過ぎたら、なぜか、足首の痛みも消え、調子がいい。ここから、1Kmおきに、残り○Km表示板が現れ出した。秒読み開始という感じだが、1秒がえらい長い秒読みだ。最後のエードで、おばちゃんと話していたら、女子ランナーが過ぎ去っていった。「あ、しまった!」と思ったかどうか、定かではないが、追いかけようとは思わなかった。

 さてと、ゴールまで、気持ちよく走って笑顔でゴールしよう! あと1Kmの表示が出てすぐ、商店街に入ると「369番、神奈川県の○○さん、25位で商店街に入りました」と、放送が流れた。ここで、はじめて自分の位置取りがわかった。
 エードで抜き去っていった、女性ランナーがみるみる大きくなってくるのがわかったが、追い越すまでにはいかなかった。笑顔でゴールできただろうか? 後で写真が楽しみだ。マイウォッチは、9時間13分05秒を指していた。タイムも順位もできすぎだ、後続に1200人ぐらいいるのかと思うとなおさらである。キョロキョロ。。。。妻が居ない。。。。???
 俺はいったいなんでこんなことやってんだろう?と一瞬不思議に思った。

[レース後]
 あ、居た居た、なにやら誰かとだべってる様子。二位の女子ランナーに気を取られて、私のゴールに気づかなかったと。9時間以上も走ってきて、軽い一言、なんともお粗末な幕切れだった。苦笑。。。

 6人ぐらい単位でお風呂へ連行され、到着したのは、銭湯やさん、番台に座っているのが女子高生ぐらいの若い子、こっちが恥ずかしくなってしまう。ゆっくり入浴した後、冷たい牛乳を注文した。一本\120、\1000を出したら、電卓を持ち出して計算している。え、だいじょうぶかぁ??? しばらく待たされたが、つり銭は間違いなかった。。。。

 妻は、今回の縦貫鉄道の旅の中、下車予定の駅を寝過ごしたり、カメラを駅に置き忘れたり、いろいろやってくれる「何やってんだか」あきれてしまうが、O型ならではのいいところなんでしょうか?

 後夜祭は、18時からと聞いていたが、その前から、既にビールや料理がゲットできることがわかった。うわさのきりたんぽ鍋もご賞味にあずかることができたし、急遽、後夜祭は不参加とした。ホテルに電話を入れ、宿にいちばん近い、松葉の駅へのお迎えをお願いして、帰路へつくことに。

[後能書き] 
 秋田弁は、青森弁によく似ている。青森の友人が、以前言っていたことを思い出した。「青森弁とフランス語がそっくりだ」と。よくよく聞いてみると、あながち嘘でもないな、と思った。とにかく難しい、ホノルルの方がまだましか、とさえ思う。

 田舎は、田舎なりにいいところがある。空気も綺麗、親切な人が多い。ウルトラ参加のたびに思うことだが、人間がみな純朴で、自分の損得をあまり考えてない気がする。そう思うのは、わたしだけだろうか。

 やはり、トレーニングの成果って、きっちり現れるもんである。箱根駅伝コース5区+6区を3発(7月、8月、9月)やった。あの暑い最中、付き合ってくれた仲間達に感謝したい。筋肉疲労は、ほとんどないが、関節披露がきつい。関節を鍛える方法ってあるんだろうか?

 レース翌朝、ホテルのロビーにて。スポーツ紙の一面が目に飛び込んだ。「渋井、日本最高でV!!」。ぱらぱらと記事を読んでみた。忘れかけられていた、あの渋井陽子選手が、復活Vを好タイムで遂げた様である。彼女もいろいろ苦労が有ったようだが、土俵際で踏ん張った感じである。みんな目標に向かって頑張っている。既に、北京へ向けて、熱い戦いが始まっているんだ。4年後に秋田にもう一度参加してみようか?
 さて、2・3日ゆっくり休んで、フルマラソンモードに切り替え、俺も頑張ろう。。。