haseさんレース完走記その1 
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第20回サロマ湖100kmウルトラマラソン完走記  2005年6月26日
僭越ながら、僕も完走記を書かせて戴きます。
読みづらい個所が多々あろうかと思いますが、どうかご容赦くださいませ。

【まえがき】
 私事で恐縮ですが、7月に30歳になります。
 ここまで、中途半端に生きてきた(走ってきた)自分に喝を入れるべく、思い切って試練を与え ることにしました。
 その試練こそが…ウルトラマラソンでした。
 ウルトラへの挑戦は、最初で最後の挑戦と思って、臨みました。

 そこで目指す舞台は、誕生日が近いサロマに決めました。
 何よりも、メジャーな大会・コース的にやや平坦ということが、参加を後押ししました。

 サロマと言えば、制限時間は13時間です。13時間と言ってもピンと来ないのですが、時間一杯走れば、半日以上走っていることになりますので、やはり体力の消耗が激しいことは、想像に難くありません。
 まして、途中の関門がきつめに設定されているので、筋トレを行うなどの総合的なトレーニングが必要だと感じました。

【エントリー〜臨戦過程】
 エントリーをした3月中旬から、徐々に距離を重ねていきましたが、出だしから暗雲が立ちこめていました。
 実は、2月にフルを走った翌週、よせばいいのに、ハーフを走ったことで、ふくらはぎに痛みが出てしまいました。
 痛みのある状態で出た「荒川市民マラソン」は、当然のことながらボロボロでした。

 普通ならこのまま休養するのですが、ウルトラを意識した場合、継続したロングの練習が必須と思い、一か八かLSD目的で翌週の「佐倉朝日健康マラソン」に出ました。
 一部を除き、本当に単調なコースでしたから、仮想サロマを意識して走ることが出来たと思います。

 4月に入ると、かすみがうらマラソンを中心にロングを毎週のように行うことができましたので、月間走行距離は初めて400kmを越えました。
 足は、速いペースでなければ、痛みが気にならないくらい回復しました。

 5月に入り、サロマの前に力試しをすべく、野辺山(71km)に出ました。
 同じウルトラでも、鍛え方に若干違いはありますが、今の実力がわかると思いましたので、思い切ってチャレンジです。
 一度、現地に行ってコースを見た成果もあって、無事完走できました。
 何よりの収穫は、走り終えてもロボット状態にならなかったことです。

 しかし、ウルトラの疲れは内面に表れました。
 喉が腫れるなど風邪をひき、一度に口内炎が多くできてしまい、休養を余儀なくされましたが、少しずつ走りながら回復を待ちました。

 そして6月。行きたかったBBQを断り、最後のロングになる喜多マラソンを走ることに。
 一時は熱中症にフラフラになりましたが、歩きは入れず、サロマ本番で想定したペースで無事ゴールできました。

 ここまで、自分でも「よくもこんなに、長いところばかり走ったのだろう」と思いますが、本番は完走できるのか不安で一杯でした。
 しかし、ここまでやることはやりました。
 あとは、徐々に疲れを抜いて、出発の時を待ちます。
(ちなみに、今回はサロマLSDZで臨みました。)

【レース前日〜直前】
 いよいよ、出発の時を迎えます。
 今回は、走り屋のみなさんの参加がないということで、ちょっと寂しく思いましたが、皆さんから応援を貰って、無事ゴールを果たしたい一心でした。

 女満別行きの飛行機は、ほとんどマラソンランナーかツアー客しかいない状況でした。
 自分も走るわけのですが、「こんなにウルトラを走る人がいるんだ…」と驚きを隠せませんでした。

 午後12時半過ぎに、女満別に着陸。それにしても暑い。アナウンスでは27度と言っていましたが、空港の電光掲示板は29度を指していました。
 ここまで気温が上がるとお手上げですが、明日は雨予報ということでしたので、ちょっとホッとしています。

 空港からは、ツアー用のバスに乗って、湧別のスタート地点まで移動します。
 途中、コースを通るのでじっくり見物しました。
 小刻みにアップダウンがありましたが、野辺山に比べれば気になりませんでした。
(こればかりは実際に走ってみないとわからないのですが…)

 約1時間半で、スタート地点に到着です。
 会場で目に映ったのは、金哲彦さんが著書のサイン会をやっていました。
 そしてその先には、あの宗茂さんが、気功をやっているではありませんか…
 「宗さんが気功…?」と思ったのですが、雑誌に載っていたので、なるほど…と納得しました。
 また、会場には海外からの招待ランナーが多くいて、国際的でした。

 前日受付を済ませた後、ウェストポーチを買って前夜祭まで待とうと思いました。
 しかし暑さと裏腹に、オホーツクの風が冷たく感じられましたし、明日の準備を考えると早めに戻ったほうが良いと思い、ホタテを食べた後に、速やかに紋別の宿まで移動しました。
 誰か知り合いの方がいれば、違ったのかもしれませんが、今の自分に雰囲気を楽しむ余裕がありませんでした。

 紋別では、食事まで少しだけ時間があったので、港まで散策して時間をつぶしました。
 宿の近くには、温泉(スーパー銭湯)もありましたので、味気ないユニットバスよりは…と思い、食後にしっかり利用しました。
 部屋に戻ると、準備であっという間に時間が過ぎ、20時になりました。ちょっと早いですが就寝です。

 日付が変わりましたが、少々緊張しているのかすぐ目が覚めてしまいます。
 結局、午前1時過ぎには起き出し、着替えを始めることに。。。
 今回は100kmということで、テーピングの量を多くした為、随分時間がかかりました。
 朝食を軽く済ませて、一息つくとあっという間に3時に。
 外を見ると雨が止んでいます。これは暑くなりそうな予感…
 少々不安な面持ちですが、同宿のランナーとともに、湧別のスタート地点に移動します。

 4時前には、日が出始めました。日本の東端のほうに位置するのですから、当然です。
 ということは、「朝から暑い」ことは言うまでもありません。だんだん不安の色が濃くなってきました。
 バスが会場に着くと、預ける荷物とスペシャルドリンク(「メダリスト」を濃くしたもの)を係の方に渡しまして、知り合いの方と記念撮影をして、スタートの時間を待ちました。
 それにしてもランナーの皆さんは、ウルトラを走る雰囲気ではないくらい、リラックスしています。
 僕もその雰囲気で、緊張が少し和らぎました。今のところ、体調は良好です。

 スタートの約10分前に整列をすると、しばらくしてから、何と間寛平さんが参加されているとのことで、台上に上がり挨拶されていました。
 話は良く聞こえなかったのですが、「19:00頃の飛行機に乗る」ようなことを仰っていたと思います。
 さあ、いよいよスタートの時間になり、スターターが構えました。

【スタート〜10km】
 5時になったのですが、ピストルの音が良く聞こえなかったので、アナウンスを頼りにストップウォッチを押しました。
 このとき、気温16度。雲ひとつない快晴で、朝から暑いです。

 僕は、1分48秒でスタートラインに到達。ギリギリランナーの自分にとっては痛いハンデでしたが、悔やんでも仕方ないので、ここから巻き返していきます。
 油断した訳ではありませんか、走り出して、いきなり右足のチョウケイに痛みが走ったので、さすりながら走りました。
 この部分は事前に薬を塗っているので、事なきを得ましたが、油断禁物です。

 序盤は、ランナーがばらけない上に、水溜りが多くてとにかく走りにくかったです。
 早く給水が取りたいなと思ったのですが、5km過ぎまでないとのことで、消耗しないようにゆっくり走ります。
 ペース的には、ちょっと遅いくらいに感じましたが、最初の入りをとにかく慎重に入ることを心がけたので、周りに流されないように走りました。
 一度スタート地点の近くに戻ってきた後、サロマ湖に向っていきます。北海道らしい牧草地帯が広がって、景色的には飽きが来ないのですが、とにかく朝から暑い…
 遮るものも少ないので、消耗戦を覚悟しました。
 最初の10kmはキロ6分半ペースで通過。それ程無理しているわけではなく、自分としてはいいペースだと思います。

【10km〜20km】
 10kmを過ぎると2.5km毎に給水となりますが、どうも正確な位置に無くて苦労しました。
 でも、無いよりははるかにましです。

 ここから先、17kmの竜宮台まで行き、折り返して来ます。
 ランナー同士がすれ違えるところで、速いランナーに声をかける最初で最後のチャンスになります。
 佐々勤さんを見かけましたが、「本当に100kmのペース?」と思うくらい、日本代表の走りは速いんだと実感しました。
 僕も知り合いのランナーの方に声をかけられ、励まされました!
 (やはり、走り屋のユニフォームは気づいてもらい易いようです)

 11km辺りで、いよいよサロマ湖が見えてきます。あとから何度でも見れるのですが、思わずデジカメで写真を撮りました。
 この辺りは、ところどころ木陰があって、気持ち的に楽でした。
 ここは一番ペースを上げないといけないところですが、反対車線を見ているうちにペースが落ちたりして、あまり流れに乗れませんでした。
 別に痛みがあると言うわけでもなく、20kmを66分弱(6分半強)で通過。
 とにかく、暑い。「本当に7時台陽射し?」と疑わざるを得ませんでした。

20km〜30km】
 わずかにアップダウンはありますが、景色的には北海道らしい長い直線を走る単調なコースで、自分との戦いになって来ました。
 印象としては、暑い…ただそれだけなのですが、時折吹く風を体に受けて、ゆっくり前に進んでいきます。
 そんな中、沖縄で知り合った方に声をかけていただき、束の間の再会を楽しんだりすることが出来て、嬉しかったです。

 この10kmはもともとペースが落ちると踏んでいたので、想定タイムを3時間半にしていましたが、何とか6分余裕を持って通過。
 給水には、氷が出てきます。「中高生のみんな、暑いのに大変だな…」と思いながら、声援に感謝しながら走ります。
 スピードレースではないので、暑い中で声をかけてくれる方には、お礼を言いながら、走ることにしました。
 そうすることで、気持ちを切らさずに走れますから…

【30km〜40km】
 のどかな田園風景を見て走ったあとは、国道238号に沿って走っていくコースです。
 くどいですが、気温以上に暑いというのが、実感でした。

 国道に出るまでは、それ程痛みを感じずに走れて来ましたが、40km手前から右足首に痛みが出てきて、ストレッチをする回数が増えて来ました。
 応援の方が多く、声援を戴いて嬉しかったですが、波に乗れそうで乗れない…そんなもどかしさでした。
 痛みを気にしながら、ここは70分弱で通過しまして、余裕が無いながらも少し貯金ができました。

【40km〜50km
 一旦国道を離れ、サロマ湖沿いの月見ヶ浜を通り、国道に戻ってから徐々に上り坂となる区間です。
 再びサロマ湖を見ると、鮮やかな青一色でして、少し疲れが取れたような、感じでホッとしました。
 そしてあくまで通過の42.195kmを通過。手計測では、4:49:36でした。
 喜多マラソンの時とは10分遅いですが、まだ大丈夫です。自分を信じて走って行きます。

 45kmを過ぎると、上り中心になります。
 だんだん痛みが気になって、走っては歩きの繰り返しになりました。
 ガス欠の影響かもしれない…と、パワージェルと、アミノバイタルの粉末を摂りました。
 ただ、それだけではないようですので、薬を塗りながら、少しずつ走って行きます。
 坂道では、カニ走りでスピードを乗せるという情けなさでしたけれど…
 途中でランナーの方に、「アイシングをした方が良い」とアドバイスをいただき、徐々に痛みを和らげ、何とか50kmまで来ました。

【50km〜60km】
 途中、55km手前に着替えポイントとなる緑館を通過し、さらに上った後、一気に下るコースです。
 ここからは1km毎にキロ表示が出てくるので、結構助かりました。

 再び見えたサロマ湖の景色は心地よかったですが、50kmを過ぎても痛みは簡単に消えません。
 やはり、走っては歩きを繰り返していました…
 何とか緑館が見えてきたところで、ちょっとペースを上げました。
 給水の時間が、結構かかると踏んだからです。

 緑館では着替えをせず、おにぎりなどを貰い、ストレッチを簡単に済ませたら、すぐに走り出しました。
 ここでのタイムロスが、あとあと響くからです。
 しかし、足の痛みが引かない、多くのランナーに抜かれる…で本当にしんどかったです。

 何とかこらえてやってきた下り坂…のはずが、「えっ、もう終わり」と言うくらい、あっという間でした。
 流れに乗れないまま、暑さにやられる感じで、60kmまで来ました。
 関門閉鎖まで24分。この先、制限時間が徐々にきつくなって来ますが、ペースアップが望めない今、痛みを押して前に進むだけです。

【60km〜70km】
 サロマは「60kmの給水…」と言っても、ポイントの手前に給水があるので、油断すると本当にタイムが遅くなります。
 この先々でも、同じような個所があるので、注意したいところです。

 この先、2kmは上り坂で、キムネアップ岬付近に出てくると、旅館の方が声をかけてくれ、ちょっと和みました。
 しかし、右足の痛みもほぼ限界に来ました。
 63km付近の給水で、スペシャルドリンクと、痛み止めの薬を飲み、復活にかけました。

 また走り出すのですが、暑さにやられてまずい…と思ったとき、ここで木陰が見えてきました。
 そう、ここから数kmは木陰の中を走れるのです。
 伝説の「裸足のランナー」の姿も見かけ、少しずつ復活して来たような感じでした。

 68km付近では、私設エイド「白帆」がありましたが、その前の給水で十分水を摂っているので、素通り。
 ここでは、足を骨折されてサロマを欠場された高石ともやさんが、歌を歌ってランナーを励ましていました。

 僕も高石さんの歌に乗せられたようで、ペースが少し上がりました。
 途中、屋根に上って、大漁旗を振っている方もいましたね。
 70km手前から、50kmランナーと合流。ともにゴールを目指していきます。
 やっと、70kmを通過。関門閉鎖まであと14分。
 10km約80分の走りですが、このペースで走るのがもともとの目標なので、何とか粘れてここまで来ました。

【70km〜80km】
 70kmから先は、ほぼ平坦になりますので、余裕があれば追い込みをかけたいところです。
 午後2時半を過ぎていますが、暑さは相変わらずでした。
 距離的な不安を気にするより、もう制限時間のことだけで頭が一杯でした。
 足の痛みは相変わらずですが、この10kmが勝負と、持てる力を出し切るように心がけました。

 まず目にしたのが、「おしるこまであと2km」という看板でした。
 73.5kmに鶴雅リゾートというホテルがありますが、こちらのエイドで出してくれるそうです。
 ということでお腹ペコペコの僕は、勇んで走りましたが、たどり着いたときには、もうなくなっていました…
 無念さをこらえて、残っていたパワージェルを摂りました。
 そして、疲労を和らげようとeウオーターを借りましたが、タイツの上からでは効き目が無いと言われ、まくると、湿布を貼っていることを忘れて、ちょっと悲しかったです。

 相変わらず、走ったり歩いたりを繰り返していましたが、不思議なもので75kmを過ぎてから、調子が戻ってきました。
 「80kmを過ぎて、どれだけ貯金を残すか」を心がけ、痛みをこらえながら、ペースを上げました。
 このときばかりは、痛みが気にならなかったのが、不思議なくらいです。

 ここは皆さん、一番厳しい関門の通過に必死です。
 ランナーの方から、「ここは何キロだ?」と聞かれたり、79kmでは「今、関門閉鎖まであと何分ですか?」と聞かれました。
 僕も何とかしなければ、の思いでした。

 そして、80km手前にある給水所(なぜ手前にあるのー?)で、スペシャルドリンクを取り、最後のペースアップです。
 80km手前はやや上り坂になっていましたので、ちょっと焦りましたが、9:50:42で通過。
 まだ余談を許しませんが、何とか9分残して、80km関門を通過できたので、小さくガッツポーズをしました。

【80km〜90km】
 あとは、ワッカ折り返しまで、原生花園の中の約9kmをひたすら一本道。そしてその道を折り返してきます。
 ここでは、折り返してきたランナーとすれ違えます。
 10km毎の制限時間が、ここから90分刻みになりますが、まだ気は抜けません。
 坂を上りきると、左にサロマ湖、右にオホーツク海。時折、エゾスカシユリが咲き、疲れを癒してくれます。

 80kmまでのペースは影を潜め、ゆっくり走りました。
 そんな中、上り坂が出てきたら、ペースを上げて走るようにしました。
(これは、野辺山を走ったからでしょうか…)

 とはいえ、もうエイドは各駅停車です。
 85km過ぎには、念願のスイカを食べることが出来ました。
 「どんどん、食べてっていいよー」と言われ、さながらスイカマラソンの気分で2、3個食べました。

 腹ごしらえをして元気を取り戻し、無事ワッカ折り返しまで来ました。
 知り合いのランナーの方と、すれ違うことができ、本当に元気をもらえました。
 しかし、折り返してからは足の痛みがまた出てきてしまい、最後まで痛みと手をつなぎながらのランになりました。

 歩みは遅かったけれど、ようやく90km関門まで来ました!
 関門閉鎖まで、あと13分。残り10kmを103分で走れば、良い計算です。

【90km〜ゴール】
 来た道を戻り、あとは常呂町民センターにある栄光のゴールを目指します。
 この時間は、もう暑さが和らぎ、走りやすくなってきました。
 ここでおにぎりを貰い、食欲を何とか満たし、あとは一気にスパートと思ったのですが、そうは行きませんでした。

 91kmを過ぎた辺りから、急にめまいがしてきたのです。
 まっすぐ走ろうにも、なかなか走れないといった具合でしたので、速足で凌ぎながら、回復を待つようにしました。
 足の痛みが相変わらずでしたので、二重の苦しみでしたが、何とか気持ちは切らさないように頑張りました。

 ここまで我慢が続きましたが、何とか95kmまで来ました。
 あと5kmを57分。徐々に完走への現実味が帯びてきましたが、まだまだ油断はしません。
 とはいえ、キロ9分以上のラップで粘ります。
 それでも良いのだから、今は最後の5kmを楽しむようにしました。

 ゆっくりゆっくり…歩みを進めながら、自分なりに頑張りました。
 そして、ようやく原生花園が終わり、あとはゴールまで一息です。
 最後の給水で、ねぎらいの声をかけてもらい、自然と笑顔が出てきます。
 まだ、2kmほどありますが、多くの方に応援を貰い、徐々に元気を取り戻せました。

 そして、ラスト1km付近で、再び高石ともやさんが、ランナーを励ましていました。
 思わず僕は、握手を求めてしまいましたが、高石さんは照れながらも握手してくれまして、「走り屋だねー」と一言声をかけてくれました。
 「そう、僕は走り屋なんだー」と胸がこみ上げてきました。

 皆さんの応援を貰って、何とかラスト数百まで来ると、走り終えたランナーから拍手やねぎらいの言葉をかけてもらい、本当に嬉しくて、「ありがとう」を言いながら、走りました。
 最後の曲がり角の手前では、ハイタッチまでして貰い、感激でした。

 そして最後の直線、雑誌でみたあの栄光のゴール。
 こみ上げてくるものがありましたが、こらえて自分が出来る最高の笑顔で、ゴールイン!
 12時間48分35秒。ここまで暑く、長い旅路でしたが、皆さんのお陰で、100kmをゴールをすることができました。
(前後にランナーがいなかったので、良い写真を撮ってもらえたかな…と思います)
 この完走は、自分ひとりの力ではなし遂げることはできませんでした。
 応援いただいた皆さん、サポートしていただいた皆さん、本当にありがとうございました!

【走り終えて】
 走った後、後夜祭に出たかったのですが、すでに入場制限がかかっており、残念ながら入れませんでした。
 しばらく、知り合いの方と話をしまして、健闘を讃えあった次第です。
 夜遅くまで話したかったのですが、もし機会があれば、今度は相部屋等を予約し、リラックスした雰囲気で、頑張りたいと思います。次の挑戦はいつのことやら…

 今日の宿は、網走の温泉宿だったのですが、結構痛みや疲れが取れたようで、火曜日からは普通に歩けました。そして、仕事も普通に…
 これからの人生、いろんなことがあると思いますが、サロマでの頑張りを忘れることなく、自分なりに頑張りたいと思います。
 「やればできる…」と胸に刻みながら。
 
非常に長くなりましたが、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!