asicsランニングシューズ誕生物語
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マラソンシューズの誕生 メルボルン大会で採用 金・銀・銅を獲得
 1949年、鬼塚喜八郎によって設立された「鬼塚株式会社」がアシックスシューズの前身でした。
 その2年後、マラソンシューズの第一号を生み出しました。マメのできにくい、このシューズを履いたマラソンランナー田中茂樹がボストンマラソンで優勝したのをきっかけに、「オニツカ・タイガー」ブランドのマラソンシューズは、世界の大きなステージで活躍するようになりました。
 
   マラソンシューズ第1号
 1956年、オリンピックのメルボルン大会から、選手にオニツカ・タイガーのシューズが採用されるようになりました。
 当時。鬼塚は、新製品を開発する時に、まずトップクラスの選手に意見を聞いて、改良してから発売していました。

 
 日本選手団専用シューズを開発してきたオニツカ・タイガーは1960年、オリンピック・ローマ大会で、金・銀・銅の合計7つのメダルを獲得しました。以来、すっかり有名になりました。
 そして、この時裸足でマラソンを走って優勝したアベベ選手のために、鬼塚は翌年、裸足と同じくらい軽いシューズを作りました。それ以来アベベ選手はシューズを履いてレースに出るようになったということです。

 
メダル46個 メキシコの銀メダル ソウルで男女マラソン制覇
 1964年東京オリンピック。円谷幸吉選手のマラソン銅メダルをはじめとして、オニツカ・タイガーを履いた、国内外の選手が、実に46個ものメダルを獲得し、その優秀なシューズ作りの技術は、一気に世界的な評価を得たのです。
 
  円谷幸吉選手が履いたシューズ。
 1968年、オリンピック・メキシコ大会で、シューズのアッパーに通気孔を設けた、マジックランナーを使用した、マラソンの君原選手が、銀メダルを獲得しました。
 
EVAで優勝
 1972年ミュンヘンの金メダリスト、フランク・ショーター選手が、翌年、EVAミッドソール搭載シューズを履いて、福岡国際マラソン2連覇。77年に合併してアシックスとなる。
 1988年、ソウル・オリンピック。
 衝撃緩衝材αGELを装備した新型シューズを履いた、イタリアの、ジェリンド・ボルディン選手とポルトガルのロサ・モタ選手が共に優勝。
オフィシャルシューズスポンサー
 1992年、バルセロナ・オリンピック。日本メーカーとして初めてオフィシャルシューズサプライヤーに選ばれました。
 ソウルに続き、マラソンで、ロシアのワレンチナ・エゴロワ選手と韓国の黄永祚選手がアベック優勝し、男女マラソン2大会連続制覇という快挙を成し遂げたのです。
 そして、2000年、高橋尚子選手と共にシドニーを駆け抜けたのです。